ICHIZU…B-1
ー日曜午後ー
佳代は同じ野球部の直也に淳、そして弟の修の4人で小学校のグランドに来ている。
2組に分かれてキャッチボールをする傍らには、ジュニア時代のコーチ、藤野一哉が腕を組んで佳代を見ていた。。
話は前日にさかのぼる。佳代が部活を終えて自宅に帰った時の事だ。中体練の大会まで2週間を切り、明日は久しぶりのオフ日だった。
「ただいま〜」
いつものように佳代は玄関を開ける。と、リビングから聞き馴れた声が聴こえてくる。
(この声って…もしかして!)
佳代は靴を脱ぐのももどかし気にリビングへと駆けていく。と、そこにはジュニア時代と何ら変わりない藤野一哉の姿が目に飛び込んできた。
佳代は破顔させると、
「藤野コーチ!」
一哉は声のする方向を見るとニッコリ笑い、
「佳代か?随分大きくなったな!」
佳代は挨拶もそこそこに、自分の近況を喜々として矢継ぎばやに語しかける。健司から“藤野さんが迷惑だよ”と言われても、耳に入っていない。
その時、佳代の背中を何かがつつく。その方向に振り向くと、母親の加奈が立っていた。
「佳代。ゴハンとお風呂を済ませなさい。その後で藤野さんと話せば良いでしょう」
佳代は口を尖らせながらも、“じゃあコーチ、後で”と小走りでリビングを後にする。その姿を健司は眺めながら、
「藤野さん、いつも騒がしくてすいません!」
恐縮するように言う健司に一哉は手を振りながら、
「全然!私は独り暮らしなんで賑やかなのが羨ましいですよ」
彼は健司と一周り以上年下だが選手の父親と子供のコーチとして知り合い、今ではお互いの自宅へも行き来する“呑み仲間”だった。
また、一哉にとってこの家族は理想的な家庭に思えた。小さなイザコザを彼の前でも言い合う健司と加奈。夫婦喧嘩と言うよりは漫才の掛け合いのように映り、逆に微笑ましい。
それに、佳代と修という子供達の素直さ。そして、自身達の事だけでなく地域へのボランティア活動への家族揃っての参加。まさに今では天然記念物的存在と思われるほどの家族だ。
「藤野さんもコッチにしましょう」
呑みモノがビールから焼酎のロックにチェンジした。お互いにグラスを傾ける。健司は酔いがまわったのか、眼がトロンとしてきた。2人共酒は好きなのだが、歳の違いからか健司の方が少し弱い。
その時、リビングのドアーが再び勢い良く開いた。
「お母さん、これ巻いて」
ノースリーブのシャツにジャージ姿の佳代が、保冷材とゴム・バンドを持って入って来た。右手は真っ直ぐに伸ばしたままだ。