ICHIZU…B-4
「よく見てろ!」
そう言ってピッチング・フォームからカマボコ板を投げた。板は逆回転をしながら真っ直ぐに飛んでいった。
一哉は飛ばしたカマボコ板を拾って佳代に返しながら、
「佳代、昼休みでも暇を見つけて投げ方を覚えろ。そうしたらヒジ痛も治るから。後はアイシングだ」
カマボコ板を受け取りながら、佳代は嬉しそうに、
「ハイッ!ありがとうございます」
「それと…」
一哉は少し改まったような感じで3人を見ると、
「今日、教えた事は野球部の監督さんや顧問の先生には言うなよ」
「なぜですか?」
直也が訊いた。
「オマエ達の指導者はあくまで野球部の監督さんだ。オレは違う。もし、オマエ達が“ジュニア時代のコーチに教えてもらいました”と言ったら監督はどう思う?」
一哉の問いかけに直也は黙っている。
「“アイツはオレよりジュニア時代のコーチの方を信用している”と思ってしまうだろう。それはオマエ達にも監督さんにも不幸な事だ。だから言うな」
「じゃあ、もし聞かれたら?」
佳代が訊いた。一哉は肩をすくめながら答える。
「“テレビで見て試した”と言っておけ。一番無難だから」
そう言うと一哉はクルマに乗り込むと3人に向かって、
「今日は楽しかったよ。オマエ達の成長も直に確認できたし…」
佳代はクルマに近寄ると、
「コーチ、またお願いします」
「ああ、オマエのお父さんとは“呑み仲間”だからな。オマエ達がオフの時、また教えてやるよ」
“じゃあ”と言って一哉はクルマを出した。
佳代達3人は“ありがとうございました!”と一礼すると、一哉のクルマが見えなくのを眺めていた。
“カヨ、また呼んでくれよ!”と言って淳は逆方向に自転車を走らせた。が、同じ方向の直也は佳代と一緒にいた。
「アンタも帰らなくて良いの?」
「この前も言っただろ!兄貴に言われてるって」
「すぐソコだから良いよ」
「一応オマエも“女の子”だからな。家の前までだ」
直也はソッポを向いてそう言った。すると、佳代は直也に対して、
「私より有理ちゃんに言ってあげなきゃ!」
「オマエ、先日も皆んなの前でそんな事言いやがって!」
それはひと月ほど前の朝練の時、直也が白くなったユニフォームを着てるのを佳代が目ざとく見つけ、直也に近寄ると胸元に顔を近づけてから“ウンッ!これなら臭くない”と言った事だ。