ICHIZU…B-3
「カヨ!腕が低いぞ。もっと上から投げろ」
「ハイッ!」
返事をして投げる佳代。
「もっと上だ!それから、力はボールを離す瞬間だけに入れろ」
「ハイッ!」
修からの返球を捕って投げ返した佳代に一哉の怒号が飛んだ。
「何やってんだ!さっきから同じ投げ方しやがって。ゆっくりでも良いから言われた事をイメージして投げろ!」
久しぶりの怒号に、佳代は“おっかない”と“嬉しい”が入り混じった気持ちになった。
普段は大人しく大声も出さない一哉だが、こと野球の事となると人間が変わる。子供達ばかりかその親達も、その変貌ぶりに最初は戸惑った。が、今では“そういう人”として理解されている。
佳代への指導が続く中、となりでキャッチ・ボールをしている直也と淳は、
「なぁー、ナオヤ」
「何だーっ?」
「オレ達、忘れられてンじゃねぇ?」
「何でーっ?」
「だってよー、コーチ、カヨばっか見てンじゃん!」
「仕方ねぇだろ!カヨが呼んだンだから」
「だってよー、オレだってコーチに…」
淳は最近打てなくなっていた事もあり、一哉にバッティングを教わりたいと思っていたのだ。
その時、淳に一哉から声がかかった。
「スナオ、ナオヤ!無駄口たたかずにちゃんとキャッチ・ボールやれ。オマエらもちゃんと見てやるから」
淳は少しすねたように答えた。
「ウィ〜ス」
途端、一哉が淳に怒鳴った。
「返事はハイッだろうが!!」
「ハイッ!」
こうして日曜オフの日に集められた一哉の指導は、日没近くまで続けられた。
「オマエ達にこれをやろう」
グランドから帰る間際、一哉はクルマの中から何やら取り出すと3人に渡した。それは幅6センチ、長さ12センチ、厚さ1センチくらいの板だった。
「コーチ、これ何ですか?」
佳代の問いに一哉は笑って答える。
「カマボコ板さ。それでスローイングの練習をやれ」
「エッ!?」
その答えに3人は驚きの声をあげた。一哉は佳代のカマボコ板を取ると、
「この板をボールと同じように指をかけて投げるんだ」
一哉はカマボコ板を指で持って3人に見せる。