ICHIZU…B-2
「佳代、ちょっとおいで」
一哉のかけた声に、“なんだろう?”とそばに寄る佳代。一哉は彼女の右ヒジを軽く押した。
「イタイッ!!」
右手に電気が走ったような痛みに佳代は思わず腕を引っこめる。一哉はそれまでの柔和な顔から真剣な眼差しで佳代を見つめると訊いた。
「このヒジ痛はいつからなんだ?」
佳代は少し表情を曇らせると、
「……ひと月くらい前から…です」
一哉の対面に座る加奈は、困ったような顔で彼に伝える。
「病院で診てもらったら、炎症を起こしてると…」
「なるほど…で、病院の処置は?」
「抗炎症剤と湿布を。後は野球の練習を少し控えるようにって…」
加奈の言葉を聞いた一哉は腕組みをして瞼を閉じるとうつ向いた。彼が考え事をする時の仕草だ。そして、頭をゆっくり上げて目を開くと佳代の方を向いて、
「オマエ、明日の予定は?」
「…?と、特にありませんけど…」
一哉はヒザを軽く叩くと、
「ヨシッ!明日の午後、小学校のグランドで練習をやろう。投げ方を見てやるから」
一哉の言葉に、佳代は満面の笑みに表情を変えると、
「ホントに!じゃあ、じゃあ…バッティングも見て下さいコーチ」
「分かった、見てやるよ」
「じゃあ!あとね、直也に淳も呼んで良いですか」
一哉は小さく笑いながら、
「ああ、連れて来い。アイツら共、久しぶりだからな。昼の1時にいつものグランドだ」
こうして佳代に対する指導が始まったのだ。
一哉はジュニアのコーチを受ける前まで地元ガス会社で社会人野球をやっていた。しかし、彼が23歳の時、ヒザの靭帯を切るという大怪我をした事と会社の事情による野球部廃止が重なり引退を余儀なくされた。
辞めてしばらくは草野球チームに所属したが、“勝負事の妙味”を覚えた一哉にとってはあまりにレベルが低過ぎた。
野球部の先輩だった立花から指導者として誘われたのはそんな時だ。“どうせヒマだから”と軽い気持ちで受けた一哉だったが、やって見ると面白い。
何より子供達の素直な心と“野球が上手くなりたい”という純真さが、彼の心を突き動かした。
その一哉がコーチを受けて最初にチームに入部したのが、佳代や直也、淳達だった。
キャッチ・ボールの距離が40メートルほどに開く。この辺りから全身を使って投げないと、低い球筋では届かない。一哉は佳代の投球フォームを後から眺める。