桜幻影-5
いつのまにか、タバコの灰がベランダの床に落ちていた。ブルッと身震いをした僕は、冷えた身体を温めるため、ベッドへ戻った。
身体を横たえると、背後からアヤがギュッと抱きついてきた。
それは、アヤがいつも甘えたい時のサインなのだが、今の僕は応える気になれず、気が付かない振りをしていた。
「おじさん…何考えていたの?」
もう一度僕の事を呼んだが、返事をしないで無視していた。
「アヤとセックスしてる時、おじさんいつも寂しそうなんだけど。なにを思ってるの?アヤには何も出来ないの?」
その言葉を聞いた瞬間、僕の心が急激に冷えていくのがわかった。
彼女の死後、僕は女ととっかえひっかえ付き合ってきた。そしてどの女も僕の心に入りたがった。
身体だけの付き合いのはずなのに。お前に僕の何がわかるのだろう。上辺だけの同情なんか受けたくない。
アヤの腕を振り払いながら、
「お前ウザイ、出てげよ。」
そう言い放った。
しばらく黙っていたアヤは、鼻をすすりながら途切れ途切れに訴えた。
「アヤ、おじさんに愛してもらおうなんて思ってないし、おじさんのしたいように相手してきたよ。だけど……おじさん、アヤの事全然見てなくて……先月生理が来てないの気付いてないでしょ。」
あぁ、そういえば、と思った。出会って初めの頃は生理中だから出来ない、と拒否されたことがあったが、最近は毎日セックスしていた。
「今日病院に行ったら、7週目だって言われた。」
驚いたがしばらく考えて、
「じゃあ金やるから堕ろせよ。」
僕は動揺を隠すようにタバコに火をつけながら答えた。
アヤはうつむき、震えていた。
「ひどい…最低だよ。命を粗末にする人が父親なんて、この子がかわいそう。」
そう言うとアヤは、素早く荷物をまとめ、部屋から出ていった。
アヤの代わりはいくらでもいる。また新しい女を探せばいい。
煙を吐き、タバコの火を消す。出ていった女の事なんて忘れて、寝てしまおう。
そう思ったはずなのに、気が付けば僕は玄関にいた。
サンダルを履きながら、今の格好が上下スエットであることに気が付いた。いつもなら、こんな格好で外に出ない。
しかし僕は構わずエレベーターに乗り、外へ駆け出した。
辺りを捜す。いない。
心は焦る。
川辺の道をとぼとぼと歩いているアヤを見つけたのは、捜すのを諦めて帰ろうとした時だった。
「アヤ。」
ビックリして振り返り、僕の顔をみたアヤは突然大粒の涙を流した。
道路の隅には、散った桜の花びらが色を変えて積もっていた。枝には緑の葉がちらほらみられる。
「………」
僕は何かを叫んだ気がするが夢中でよく覚えていない。
目を真っ赤に腫らしたアヤが駆け寄ってきて僕に抱きついた。その小さい身体を抱きしめる。
僕の頬に桜の花びらが一枚くっつき、僕はその花びらを拭った。
美香、美香。
君と出会い、別れた季節。
桜の降るなかで、僕はもう一度恋をするよ。
終