昼下がりの図書室-1
小学6年生の頃、クラスでいじめられている子がいた。
その子、あやかは物凄く静かな子で、休み時間はずっと本を読んだりしてるような、いわゆる無害な子供だった。
でも小学生の俺らにとっては、格好の獲物でもあった。
人畜無害な子は、よほどの事でもない限り、先生にチクったりはしない。
それは、先生とまともに話す事自体が、彼女にとって勇気のいることだったからか、それとも他の理由か今となっては、検討もつかないが、どちらにせよ、俺らに好都合である事には変わりなかった。
蝉の鳴き始めた、初夏の昼休みのことだった。
その頃になると、どちらかと言うとマセた部類に入る、俺を含めた5人の男子は性に興味を持ち始めていた。
同時に、学校の裏庭に捨てられたエロ本にときめき、切望するほど飢えてもいた。
そこで、俺らは思いついたのだ。
「あやかで思いっきり俺らの好奇心を爆発させよう」
真面目な顔で俺らのリーダーたかしは、言った。
迷いのないその瞳に俺は、戸惑い半分、尊敬半分の不思議な感情を持った。
やっぱりコイツはリーダーだ、当時の馬鹿な俺は改めて実感した。
「なあ」
みんなの意見が一つになろうとしてる時、けんじが声を上げた。
みなの視線が一斉に自分に向いた事に、少し戸惑いながらもけんじはさらに続けた。
「アイツでいいのか?」
アイツとはもちろんあやかのことである。
けんじの言い分はこうだ、どうせならもっと大きな獲物を。
「今回の目的は女を知ること、重要なのは次回に繋げるためのステップとなることだ」
70年代の高校ラグビーのようなセリフをたかしは平然と吐いた。
こういう一つ一つの言葉が、また当時の馬鹿な俺らを纏める要因となる。
「そうか。ま、顔は悪くはないしな」
おそらくけんじは、あやかの体型が気に食わないのだろう。
いわゆるあやかは幼児体型というやつで、他の同級生より体の発達が遅れていた。
「じゃあいくぞ」
たかしのかけ声と共に、俺らは図書室に突撃した。
昼休みの図書室は閑散としていた。
生徒は一人も見あたらず、窓から初夏の強い日差しが射し込んでいるだけである。
まさに、平和を絵に描いたような風景だった。
「いないのか」
5人で辺りを見回すが、それらしき人影は見えない。
いつもなら、ここにあやかは籠もっているはずだ。
しばらくあやかを探していると、入り口のドアが開く音がした。あやかだ。
眼鏡をかけても目の悪いあやかは、人がいた事にまず首を傾げ、だいぶ立ってからその人が、俺らだと気づき、固まった。
何であんた達が、言葉はないが、そんな事が表情から見てとれた。
「よう、あやか」
フレンドリーにたかしがあやかに近づく。
だが、あやかはそれを恐れるように後ろに下がった。
当然だ、いつも俺らにいじめられてるのだから。
「待てって」
たかしは、肩に手を置きあやかがそれ以上後ろに下がるのを阻止した。
あやかはビクリと体を強ばらせ、肩の手をどけようとしたが、そう簡単にたかしは離してはくれなかった。
「そんなに固くなるな、ただ俺らはお前に会いに来ただけなんだから」
「……なんで来たの?」
図書室はあやかに取って、楽園のような物だったのだろう。
誰も来ることもなく、ただ彼女の好きな本だけがある。
そこでは、いじめられる事があるはずもなく、ただ本を読むことができた。