『傾城のごとく』-12
亜紀は涙を拭うと、
「…ごめん。その後、しばらく塞ぎ込んでいたら父さんが“ウチの犬は天寿を全うして逝ったんだ。良い人生を送ったと思ってやらなければ可哀想だろう”って…」
亜紀はハンカチで瞼を拭うと、精一杯の笑顔を作って、
「それからだよ。生き物を飼ったら“このコがウチに飼われて良かった”と思えるように世話しようって」
千秋は伏せったまま嗚咽をあげていた。
「ホラッ、涙拭いて」
「…ありがと…ごめん…」
千秋は涙を拭いて気持ちを落ち着かせると亜紀の目を見ながら、
「亜紀ちゃん。私、飼うよ」
その顔はわずかに上気し、先ほどまでの迷いは消えていた。亜紀もニッコリ微笑むと、
「そう、良かった。分からない事があったら電話して」
その時、“キーン、コーン、カーン、コーン”と屋外スピーカーからチャイムが鳴り響いた。
「ほらっ、予鈴が鳴ったよ。こんな顔じゃ皆んなに笑われちゃうよ。顔洗いに行こう」
二人は足早に手洗い場へと向かった。夜来の雨はいつしか止んでいた。
ー夕方ー
6時過ぎ、病院からの帰り際、千秋は獣医に笑顔で応えた。
「先生。明日、迎えに来ます」
獣医はニッコリと微笑むと、
「大変だよ…でも、君ならちゃんと飼ってくれそうだ」
「先生、時々連れて来て診てもらいますから」
獣医はいたずらっぽい顔をすると、
「その時は“お金持ってないの”なんて言わんでくれよ」
二人は声をあげて笑った。
「失礼しまーす!」
千秋は夜道を駆けて行った。獣医は久しぶりの清々しい気持ちを受付の女性に言った。
「動物好きが一人増えたよ」
女性はニッコリと笑いながら、
「そうやってタダでばっかり診るからウチは儲からないんですよセンセェ!でも、私はそんなセンセェだからこそ好きですけども…」
獣医は照れながら、
「若い女性に“好き”なんて…何年ぶりだろう」
二人は笑い合いながら千秋の帰路を眺めていた。
千秋は駆けながら、“明日は休みだ。アレも買って、コレも買って仔猫を迎えよう!と思った。
空には満天が千秋を照らし、清々しくそよぐ風は千秋の今の気持ちを表すように、心地よさをたたえていた。
…『傾城のごとく 完』…