光の風 〈影人篇〉-7
「なんや?」
その大きさは両手で抱えてやっとのものだった。空中に浮いて自身のバランスを保つように自転していた。ナルは結晶体を見ながら紅奈の問いに答える。
「結界石の原石よ。」
まばゆい光を放ち確かな存在を示している。遠征部隊の役目は結界石の力を借りて国の至る所に結界を作ることだった。手のひらで転がせるくらいの大きさでも、かなりの力を持つ結界石。その原石が大きな固まりで今目の前に見えている。
紅奈は部屋に入ることができなかった。
「結界石の原石に力を与えれば、他の結界石にも相乗効果がえられる。紅奈、この国にもし何かあったらこれを使いなさい。」
ナルの顔は今までに見た事がないくらい真剣だった。体を捕らえられているように身動きがとれない、紅奈は何の返事もできずに立ち尽くしていた。
時を同じくして本塔の奥、カルサの私室に小さなノック音が響いた。中にいたサルスは気付いていたが返事をせずに身を隠していた。読みかけの本が開いたまま机に伏せておいてある。
「セーラです、陛下。」
扉の正体に気付きサルスは部屋に入るように促した。重い扉はゆっくり開かれ、セーラが入ってくる。サルスの姿を確認すると扉を閉め、スカートの裾をつまんでお辞儀をした。
「失礼致します。」
「オレの前でそんな事しなくていい。オレはただのサルスで君もセーラでいる必要はないんだ。」
サルスの言葉に少し考え込んだ後、セーラは頭を下げたまま首を横に振った。そして落ち着いた声で話しだす。
「いいえ。貴方様は紛れもなく高貴な血を受け継ぐ王家のお方。私のような一傭兵とは比べられるものではありません。」
「レプリカ、それは違う…。」
「いいえ、違いません。」
サルスの言葉をレプリカは優しい声で強く否定した。頭を上げまっすぐにサルスと向き合う。これだけは伝えなくてはいけない、そんな想いがレプリカにはあった。
「貴方様には高貴な血が流れているのは事実。その高貴なオーラは消せるものではございません。自身の存在に誇りをお持ちください。」
レプリカの気持ちは伝わっていた、しかしサルスは物心付いたときからカルサの影として生きていた。自分で選んだとはいえ、自身の存在に疑問さえ抱いていたのだ。
「それでも、オレと君は同じ痛みを持っている。」
レプリカの体はサルスの言葉に反応した。前に二人きりの時に聞かれた事がある、なぜ「レプリカ(偽物)」なのだと。なぜその名を名乗るのかと問われた。それを思い出してしまった。
「それはオレのおごりか?」
レプリカは首を横に振り切ない表情で笑った。嬉しくも淋しくもある複雑な心境がにじみ出ている。
「もったいないお言葉です、サルス様。」
深々とお辞儀をしてみせる。レプリカは決して扉の傍から離れようとはしなかった。彼女はセーラの姿のままだった。
ふいに扉を叩く音が響く。