全てを超越『5』-3
「まさか、春子が作って待ってたのか?」
いや、この状況から言えばそうで間違いないと思うが……春子の料理……。
見た目は美味そうだが、春子には前科がある。
恐る恐るコロッケを持ってみた。前はたわしだったが、今回はちゃんとしたコロッケらしい。
勇気を振り絞って、ほんのちょっと口にしてみる……。
「……美味い」
思わず口にしてしまった言葉に自分で驚いた。いつの間に、こんなに料理が上手くなったんだ。
「……んぅ、だれ?」
おっと、起こしちまった。
「よぅ」
「……あーっ、一兄遅い!!今何時だと思ってんの!?」
「まだ9時ちょっと回ったぐらいだろ」
大学生なんだから、これぐらいの時間で帰っても不思議じゃない。
「つーか、何でお前がウチで寝てんの?おふくろは?」
「そのおばさんに頼まれたの。おじさんの所に行くから、一兄お願いねって」
聞いてねーぞ、行くなんて。まぁ、いつも思いついたら即行動だから、不思議ではないが。
「ご飯、温めなおすから待ってて」
「いや、悪ぃ。食ってきた」
立ち上がった春子に言う。ちょっと気まずい。
「………朝霧先輩の家で?」
「まぁ、な」
否定のしようもないし、正直に答える。
「いっつも断ってんのに、今日は寄ってきたんだぁ」
「良いだろ、たまには。だいたい、連絡の一つもくれりゃあまっすぐ帰ったんだぜ?」
「……ちょっと待ってたい気分だったの!」
そう言って、春子はサランラップを台所から取ってきた。
「料理、上手くなったんだな」
「練習したからねぇ。一兄が不味い不味いって言うから」
本当に不味かったんだから仕方ないだろう。特にたわしコロッケはあり得んかった!
「でも、無駄になっちゃったな」
うわ。なんか棘がありますよ。眼差しも若干恨みがましいし。
「あー、何か埋め合わせしてやるよ」
「じゃあ、今度の土曜日に買い物付き合って!」
……初めから予想してやがったな。俺が埋め合わせしようとするの。
「足と荷物持ちだけか?」
「えーとね、じゃあ今度の夏物を……」
「昼飯な」
えーっ、と春子がブーイングを口にする。服とかを要求するほどの事か?
「飯の借りは飯で返す」
「そんなハムラビ法典じゃないんだからぁ」
「じゃあ、昼飯はなし……」
「あーっ!良いよっ。分かったよ。お昼で手を打ちましょう!」
全く。
こうして土曜日の予定が決まった訳だが、これが波乱の始まりだとは全然気づきもしなかった。
ただただ、やけに機嫌が良くなった春子に首を傾げるだけだったんだ。