堕天使と殺人鬼--第12話---4
「ね、ねえ……みんななんで逃げるの……?」
「な、なんでって……」
答えたのは永田玲奈(女子十一番)だった。調度麻也の視界に入る形になっている玲奈は、恐らく自分だけに問い掛けられたのだと錯覚したに違いない。真っ黒に焼けた顔を強張せながら、ゆっくりと何度か後退りし、近くにいた恋人の名波一夜(男子十番)の腕にしがみ付いた。
それで麻也が益々困惑した表情をし、その場に立ち止まってきょろきょろと周りを見回した。
「え?――え?――なに? なんなの?」
「ま、麻也……」
ゆっくりと美月が麻也に近付いて行くのを、晴弥は見た。先程の言い捨てるような三木原の言葉を思い出した晴弥は、無意識の内に黙って手を延ばし止めようとしていた――が、すぐに気付いて引っ込めた。
麻也が呆然と美月を見返した時、美月はすでに麻也の真っ正面まで迫っていた。
「みっちゃん――みっちゃん! どうしよう……何かなこれ……」
「麻也……大丈夫、大丈夫だから……」
涙を流しながら美月の愛称を呼び抱き着いて来た麻也を、美月はまるで幼い子供をあやすように背筋を摩ってやりながら――気休めとしか思えない言葉を囁く。美月の表情も、不安に揺れているのを晴弥は見逃さなかった。
その時晴弥の肩に、何者かが無遠慮に手を置いた。あまりにも突然のことに身体を飛び上がらせた後、恐る恐る振り返り――晴弥は目を見開いた。こんな状況であるにも拘わらず、不適な笑みを浮かべた鞠名充(男子十六番)が、そこに、いたのだった。
目を丸くする晴弥の耳元に唇を寄せ、充がそっと囁く。
「林道さん――さ、ちょっと、ヤバイんじゃないの?」
「――え?」
一言囁いて離れて行く充を、だらし無く口をあんぐりとさせながら目だけで追い掛ける。それはとても信じがたい光景であった。益々笑みを強くさせて充は、普段と何ら変わりない至って軽い口調で、こう続けた。
「多分ね、あの首輪爆発するからさ……このままだと林道さん、巻き込まれて死んじゃうと思うんだけど?」
「え――え!?」
非日常的な言葉をあまりにも淡々と語られて、意味を理解するのに数秒掛かった。それを理解してすぐに内面から混み上がったのは充に対しての不信感よりも、困惑や恐怖や燥焦と言った様々な感情であり、晴弥は混乱せずにはいられなかった。
そこで充が――ふっと笑って離れて行った。まるで混乱した晴弥を小馬鹿にしたような冷笑に、背筋に虫が這い蹲ったような憎悪を覚え、身動きどころか息さえするのも暫し忘れてしまうほどであった。
「ば――爆発!?」
突然の叫び声で、ようやく止めていた息を肺に送り入れることができた。
晴弥と充の会話を聞いていたのだろう(いや、会話と呼べるものかは謎だが)。あるいは偶然、耳に入ってしまっただけなのかも知れない。ただ、しかし、何者かのその叫びを聞き逃した者は間違いなく、一人もいなかったことは確かだ。その証拠に、周りは徐々に興奮状態に陥って行った。
「うそっ、爆発すんの!?」
「爆発!? 爆発ってどういうことだよ!」
「え、なに――なになに!?」
誰が何を言っているのか聞き取れないほどすっかりと騒がしくなった室内で――晴弥は、とある一つの単語を聞き取った。
「みっちゃんが――!」
晴弥は駆け出した。無意識に身体が動いていた。
「晴弥!」
背後から都月アキラ(男子九番)の声が聞こえるが、構わず人込みを掻き分けしゃがみ込んだ二人の元へ駆け付けると、麻也を抱きしめている美月を強引に引き剥がした。
事態を飲み込めず抵抗しない美月を抱き抱えるようにして後退りすると、茫然とそれを見つめていた麻也と目が合う。しかし――それでも晴弥は動きを止めなかった。必死に美月を引きずって、麻也から遠ざかった。