堕天使と殺人鬼--第12話---2
うなだれる晴弥の意識を引き寄せたのは、悲鳴を帯びているが強い口調ではっきりと発せられた、誰かの言葉だった。
「人殺し! あなたが……あなたが優美を殺したのね!?」
視線の先に見えたのは、ブレザーの胸元が汚れるのも構わず保志優美の頭部を抱き締めながら、涙を流して咎める金沢麻也の姿であった。
女の子にしてはやや太い眉を中央に寄せ、普段の様子からは全く想像出来ないような憎悪を丸出しにした表情で、優美に手を下した張本人と思われる三木原肇を見据えている。黒ぶちの眼鏡のフレームから覗く瞳は、はっきりと怒りの感情を訴えていた。
麻也は優美の無残な頭部や頬を撫でながら、敵意を露にして三木原に問い掛けた。
「なんでよ、なんで優美を殺したの? 優美があなたに何をしたって言うのよー!」
麻也の豹変ぶりには三木原も些か驚いたようで、目を丸くしている。生徒全員の内申書まで把握しているらしい彼は恐らく、麻也のこの態度はあまりにも意外で、全く予想していなかったのかも知れない。
それでもすぐに戻すと、先程と同じ何も読み取れない表情で、問い返した。
「何をしたか……だって? あのさ、君――金沢さん。じゃあ逆に聞くけど、君は今からプログラムに参加して殺すか殺されるかの選択を迫られる訳だけど……君を殺す人は、君に何かされたから殺すのかな?」
「……何が言いたいの!?」
麻也の表情が更に険しい物へと形を変えて行く。
言葉の繋ぎが少し複雑なのかそれとも思考力低下のためか、晴弥には三木原の言うことがよく理解出来なかったのだが、麻也は、その真意に気付いたようだ。
深く溜息を付く三木原は、面倒臭そうに答えた。
「……そのまんま、君の考えている通りさ。」
「じゃあ、あなたは――」不意に麻也が、抱えていた優美を降ろして立ち上がる。更に甲高く強い口調で喋る、と言うよりほぼ怒鳴り声に近い感じで叫んだ。はっきりとしていたが、語尾が震えていた。
「優美を殺したのは、ルールだから仕方がなかったと、そう言いたいの!?」
「……そう、その通りだよ。」
答えた三木原は、遠くを見るような瞳をしている。
晴弥はここでようやく先程の言葉の意味を理解した。つまり、プログラムでは――何もせずとも殺し、殺されるのがルールで相手の事情など全く関係ないのだ、と。優美の件は、恐らくプログラム管理者たちの間でもルールがあって、優美がそれに何らかの形で関わってしまったのだ。そうに違いない。
晴弥は絶句した。真っ先に意味を理解した麻也の、信じられないと言うような問い掛けが不意に頭に浮かんだが、すぐに消えた。
「なんてことを……」怒りで身体を小刻みに揺らしながら、麻也が一歩踏み出した。
「あなたは……あなた達はおかしいよ! 人を殺していいルールなんて、あっていいはずないじゃない! 狂ってる――狂ってるよっ! あなた達は狂ってる!」
「ま、麻也……ちょっと、やめなさいっ」
「響子ちゃん――!」
その様子を見兼ねた麻也の親友の堤見響子(女子九番)が、背後から肩を揺すって麻也を制する。黒板の前に立っている三人の兵士たちの肩に掛かったマシンガンが、その今にも火花が飛び散りそうな銃口の先を、しっかりと麻也に合わせていたからだ。
しかし、麻也は耳を貸さなかった。
「響子ちゃんは悔しくないの!? こんなくだらない理由で、優美は殺されたんだよ!? 優美は――優美は優しい子だったもん。こんな人達に、こんな人達に殺されて……ねえ、みんなは悔しくないの? ねえ! どうしてみんなは悔しくないの!?」
一瞬、鼓動が大きく高鳴った。麻也の言葉が覆い被さるように重くのし駆かり、晴弥はわなわなと身体を震わせる。――そう、悔しくないはずがなかった。許せるはずがなかった。でも――俺は卑怯なんだ。俺には金沢みたいに名乗りを上げる度胸なんてない。結局は、自分が一番可愛いんだ――頭痛を感じて、晴弥は思わず両手で頭を抱えた。
周りの生徒たちも、普段の雰囲気からは全く連想されない麻也の様子に、また、その言葉の深さに圧倒され茫然としている。
堤見響子もその一人だった。すっかり押し黙って、麻也を見据えた。