Identity 『一日目』 PM 6:18-1
光に辿りついた。
そこが何なのか、透流には一瞬判らないほど巨大な建造物だった。
そこは、巨大な洋館だった。
とはいっても、ホラー映画じゃあるまいし、ツタが這っていてお化けがバケバケバーなんて言ってくる様な所じゃなく、きれいな、ちゃんと人が住んでいそうな場所。
人がいる。
その事実に過剰に反応したのは、意外にも先ほどまでしっかりしていた早紀だった。足取りはふらふらで、よろよろと門に体を預け、ドン、とコブシを叩きつける。
「開けて…」
ドン、ドン。今度は二回。
「開けてください……」
反応は、ない。
「開けてください、開けてください、開けてください、開けてください、開けてください、開けてください、開けてください、開け」
祈りのように、願いのように、呪いのように、作業のように、酷く感情を喪失したまま、空ろで緩慢な動作でコブシを門に叩く動作を繰り返す。開けてください、とひたすら呟きながら。
それを透流達は黙って見ていた。口を挟む事を許さないような厳粛さを彼女から感じて。
「助けてください」
ドン、とまた叩く。
「助けてください…」
「河合」
早紀が力なく座り込む。それを誠が支えた。
「俺達、助かったんだよ」
誠の言葉に、早紀は緩慢に首を横に振る。
「違うの…違う、違うの……」
――バスの中にまだ残っ
透流は耳を“塞い”だ。透流はバスの中に生存者などいないことを知っている。だから早紀の願いは叶うことなどなくて、叶わない願いを暴くことほど悪趣味なことはない。
だけどあるいは、それは嫉妬なのかもしれないと思う。
璃俐が早紀に何か声をかけている。何か躊躇っていたが、こくんと頷くと門から離れた。門を叩いても屋敷の中に届いてる様子はない。透流は門の隣にインターホンを見つけると、これを鳴らした。
『どちらさまでしょう』
コンマ一秒で返事が返ってきた。女の声で綺麗ではあるが、抑揚のない、妙に事務的な口調。まるで機械のような。
気味の悪い違和感を感じながら、それでも透流は言葉を紡ぐ。
「あの、すみません、僕たち天宝学園の二年生で。……修学旅行中、バスが事故に遭って、今いるのは七人です。すみません、中に入れてください、助けてください」
『それはできません』
「え……」
全員が絶句する。何の逡巡もなく拒否されるなんて考えもしなかった。
透流達の戸惑いを一切無視して、女は続ける。
『ご主人様の許可なく出来ません。私の権限はそこまで許されておりません』
しかし、こっちは命が懸かってる。簡単には引き下がれない。怯みながらも、さらに食い下がった。
「じゃ、じゃあそのご主人に許可をもらってきていただけますか?」
相手はようやく考えてくれたのか、一瞬間が空いて、
『……暫く、お待ちください』
プツッとインターホンが途切れる。皆一様に不安そうな顔になった。
いや、例外が一人いた。
「イマドキご主人様か。どんな家なんだ、ここは?」
廉児だけは今のこの状態でもマイペースだった。……いや、若干、饒舌かもしれない。透流はこの時そう思った。
一分ほどして、先ほどの女がまたインターホンにでた。
『お待たせいたしました、ご主人様の許可が出ましたので、お上がり下さい』
その言葉と同時に門が開いた。門が開いて分かったが、玄関までの道のりもかなり遠い。
相当な金持ちの家なのだろう。或いは個人が所有してるものじゃないかも。
そんなことを考えていると、先程から感じる違和感が増す。……なんだろう、この妙な現実感のなさは。何故こんなところに家(というより屋敷)がある?
違う、そんなことじゃなくて。
疑問が浮かんでは解消されないまま消える。結局透流は肝心なことに気付かぬまま、屋敷の扉を開けてしまった。あまりに弱くて、か細くて、聞き取れないほどに小さな、だけど確かに在った“声”を。
――おかえりなさい。