【かっこわるい】-1
季節はずれの夏の終焉
田舎の片隅
見知らぬ森
ほのかな光
螢が舞った
もう
遅いと思っていたのに
逢えないと思っていたのに
僕たちを待ってくれたの?
淡く儚いその光
じっと見つめ
僕らは逃げる
螢
言いたかったの?
もう帰ってきなよって
螢
知っていたんだね。
辛いって…
六年目。相変わらずの東京の暑さには慣れることがない。
夏だ。
突然できた連休を持て余していた。だからこうして特急電車に揺られている。
「これから帰るよ」
「あら、どうしたの?」
「いや、暇でさ」
「そう。でも困ったわね、誰も迎えに出れないわよ」
「いいよ。賢治にでも頼むから」
「そう?夜は家に居れるの?」
「気が向いたらね」
「まぁいいわ。着いたら連絡しなさいね」
「うん」
走る電車、流れる風景、そして僕は眠る。深く。深く。
−そう。別れるって事−
−猫ってやっぱりいいね。自由で−
−本当は物事に意味なんて無いのよ−
−好きでいる事と信じる事は違うわ−
電車の座席は狭い。僕はその上で小さくなって眠っていた。目を覚ますと嫌な汗をかいていた。電車の揺れは人が母体にいる時のものに似ているという。それは誰もが忘れた振りをしている安らぎの揺れ。その揺れに抱かれ眠っていた僕は不覚にも鍵を開けたようだった。
−意味なんて無いの−
響く。澄んだ声が体に響く。染み付いてしまったあの声が響く。自分の目つきが険しくなっていく。電車の中で一人、自分を取り巻く堅い殻を作る。
波が引くまでの時間が辛い。一度開けてしまった記憶をねじ伏せる。それでも残る波が引くまで僕は何も考えない。ただ能面のように無表情のまま時間を過ごす。
その間も電車は走り、山々の隙間を進む。そして僕は運ばれていく。
母体の揺れの中。不自然な仮面を着けたまま。逃げるように東京を離れ、居場所を求めていた。
「なぁ。蛍ってまだ見れるかな」
賢治の運転する車の助手席。ダッシュボードに足を乗せ、くわえ煙草で呟いた。
「は?蛍?」
「そう。もう無理かな」
「だろうな」
「だよな」
「だってお前。もう八月終わるぜ?」
「わかってるよそんなこと」
「くそぅ」と小さく呟く声が聞こえた。ハンドル片手に賢治がケータイをいじる。
「聞け」
「は?」
「見れるとこだよ」
ケータイを手渡され呼び出し音を聞く。車の窓を街灯がなぞる。宛もなく走る車は山に向かっているようだった。
『何?』
窓の外をぼうっと眺めていた。ただ見えるものを頭に入れるだけ。ケータイの唐突な声に我に返った。一瞬反応できない。
「…あぁ。久しぶり」
『あれ?賢治じゃ無いじゃん』
「俊か?」
『仁志か?』
「うん。俊、元気?」
『まあまあだな。つぅかお前何してんの?』
「何も。暇でさ、帰ってきた」
『はぁ。何で』
「暇で」
『金の無駄使いだな』
「そう言うなって」
「おい。蛍聞けよ」
むすっとした賢治が言い捨てる。
「そっか」
『何?』
「蛍、見れるところ知らない?」
『今更?』
「わかってるよ」
『じゃあ聞くな』
「意地悪いなお前」
『だって八月だぜ』
「もぉいい」
『まてよ。お前ら今どこだ?』