恋人達の悩み 3 〜後輩〜-7
トロっトロに蕩けたゴールデンウイークを過ごした後は、現実がやってくる。
「っはよー」
「おはよー」
あちこちでそんな声が上がる中、美弥と龍之介は手を繋いで登校していた。
人目がなければいちゃいちゃしたがるが人目があれば節度のある交際をしている美弥と龍之介にしては珍しいこの光景。
理由は簡単。
龍之介の女除けである。
元々の外見が整っている所に低めだった身長が伸びてきて、龍之介はやたらとモテるようになってきていた。
しかし龍之介にしてみれば、それらはひたすらな迷惑以外の何物でもない。
春休み前に違うクラスの女の子からラブレターを貰った時、手に取っただけで引き付けを起こしてしまった程なのだから。
今だに美弥以外の女の子との接触は、苦手どころか恐怖の対象なのである。
だが。
「せーんぱいっ♪」
そんな事を意に介さないパワフルな女の子がいるのもまた、事実だった。
「おっはようございま〜すっ♪」
後ろからかけられた元気が溢れて暴走しているような声に、龍之介はびくんっ!と肩を震わせる。
美弥は思い切り腰の引けている龍之介の手を強く握ってやり、後方からの脅威に備えた。
「お、おあ、うあ、かは……」
だらだら脂汗を流しつつ恐怖で舌をもつれさせる龍之介を見て、脅威は首をかしげる。
「おはよう谷町さん」
美弥はさりげなく龍之介を庇う位置に立ち、龍之介を守った。
谷町菜々子(たにまち・ななこ)。
今年の春入学してきたこのこの後輩が、龍之介にとって目下一番の恐怖だった。
美弥より幾分か高い背に、少し色の抜けたふわふわの髪とくりくりした瞳。
狡猾な猫といった印象を抱かせる、ややスレンダーなボディ。
全体として見るに、なかなかの美人である。
が、龍之介にとっては美人だろうと可愛かろうと美弥以外の女性は恐怖の対象でしかない。
「あ、おはようございます伊藤先輩っ」
内心の敵意などおくびにも出さず、谷町菜々子はにこやかに挨拶してくる。
朝から女同士の修羅場が始まり、びくりと龍之介が震えた。
美弥の手にすがっていなければたぶん……いや確実に、龍之介はダッシュでこの場から逃げ出している。
とにかくひたすらこの後輩が怖いのだ。
まかり間違ってこの子の近くで緩んだ姿勢をさらしてしまうと、絶対体に触られる。
そんな風に考えただけで、龍之介は立ちくらみを起こした。
「あ、龍之介!?」
素早く龍之介をフォローし、美弥は菜々子を一瞥する。
「早く教室行かないと、遅刻するわよ?」
「……はふ」
「落ち着いた?」
美弥の優しい問いに龍之介は頷こうとして……諦めた。
柔らかい胸に顔を埋めているこの状況でそんな事をすれば、邪な気持ちになってしまう。
――美弥は立ちくらみを起こした龍之介を保健室まで連れて来ると、ベッドを借りて効果覿面な『治療』を施していた。
「……情け、ないよな」
埋めていた顔を上げると、龍之介は呟く。
「あの子に体触られたらどうしようって考えただけで、立ちくらみ起こしてんだから」
「龍之介……」
美弥は龍之介を優しく抱き締めた。
「無理、しないで……」
「ん」
しばらくして立ちくらみから完全に回復すると、二人はカーテンで仕切られていただけの個室から出てくる。
「あら、もう大丈夫なの?」
保健医の菅原路子(すがわら・みちこ)は、個室から出て来た二人へのんびりと尋ねた。
美弥と龍之介がくっつく遠因を作った女性だが、龍之介の事を名前で呼べる数少ない女性でもある。
「ええ、何とか」
龍之介の答に、路子はにこりと微笑んだ。
「だいぶ、マシにはなったわね」
「はい」
二人のやりとりに、美弥は首をかしげる。
「一年と半年くらい前にはさ」
その表情に気が付いて、龍之介が説明してくれた。
「いきなり恵美の事を思い出しちゃあ失神してたから……って、この前話したじゃないか」
「そうだっけ?」
「忘れないでくれよ……あれ、恥ずかしかったんだから」
龍之介は頬を赤らめる。
「ほほーう。そんなに恥ずかしい事をしていたと?」
にんまりと目を細め、からかう路子。
「路子さんっ」
からかわれた龍之介は真っ赤になり、同じく真っ赤になった美弥は沈黙してしまった。
「やぁね、冗談よ。じょ・う・だ・ん」
言ってカラカラ笑う路子を軽く睨むと、龍之介は美弥の肩を抱き寄せる。
「とりあえず、お世話になりました。ひとまず、教室行きます」
「ええ。頑張ってね」
路子の言葉に含まれる意味を謀りかね、二人は妙な顔をしたが……すぐに意味する所を知らされた。