恋人達の悩み ３ 〜後輩〜-16
「聞くのが、恐かった」
美弥に対して事情を説明し、髪を撫でてあやしながら、龍之介は言った。
「昨日……喫茶店の前で髪に……」
あそこから見えたキスされたらしい場所を、龍之介は撫でる。
「この辺に、キスされてるように見えた」
「……違う、よぅ……」
ぐすぐす言いながらも、美弥は否定した。
「と、図書しっ、つじゃ、なんだかっ、らって……お、お茶っ、して……い、色々、聞いてから店、出て……そ、そしたら、か、髪にっ……ゴミ、付いてるって……コンタ、クト、し、してないっ……からっ、て……顔っ……ちかづっ……ふえぇっ……」
美弥は龍之介に抱き付いた。
「す、捨てっ……られるっ……かと、思っ……き、嫌われっ……たと、思っ……た……」
しゃくり上げる美弥を抱き、龍之介は涙で濡れた頬にキスする。
彩子が美弥は一晩泣き明かしたと言っていたから、顔が相当に崩れていると思っていた。
しかし、顔の輪郭に少々ふやけたような感じがする程度で、元の通りに可愛い顔である。
「僕よりあの男が好きになったからキスを受け入れたとか、あの男に乗り換えるとか言われるのが恐くて、昨夜はひどい事をした……ただ一言聞きさえすれば、こんなに傷付ける事はなかったのに……」
「りゅう……」
美弥は龍之介へ体を預けた。
「わ、わかっ……別れっ、な、なく、って……い、いい、っの？」
「そんな必要、どこにもない」
龍之介は、美弥をきつく抱き締める。
「でも美弥が、もう別れたいと言うなら……これ程手ひどく傷付けてしまった罰として、僕はそれを受け入れる……いや、受け入れなきゃいけない」
美弥が再びしゃくり上げた。
「……いっ……わ、別れ、たくな、いっ……！え、ふぇ、ふえぇぇぇっ……」
龍之介にしがみつき、美弥は泣いた。
悲しみからではなく、仲直りできた安堵感で。
泣き疲れたのと安堵したのとに睡眠不足が重なって美弥が眠ってしまったため、龍之介は個室を出る事にした。
「解決したのね」
事情を最初から最後までぎっちり聞かされた路子は、胸前をぐしょぐしょに濡らした龍之介へそう言う。
「一つだけ、言わせて」
路子はにこりと微笑んだ。
「あなた、もう少し彼女を信用しなさいね」
龍之介は、苦笑する。
「不安なんですよ」
路子からタオルを借り、龍之介は胸前の水分を拭き始めた。
「美弥にアドバンテージのある関係ですからね」
「まあ……ね」
思わず、路子は頷く。
龍之介は、美弥以外の女性には触れない。
だが美弥は、その気になりさえすれば他の男ともそういう関係になる事ができるのだ。
「でもだからって、美弥を傷付けたって解決する問題じゃないのに……ほんと、浮気の一言で自分がめちゃくちゃになっちゃって……馬鹿ですよね」
は、とため息をつく龍之介。
対象的に、路子は眉をひそめた。
「ね……それって、くさいわよ」
「え？」
「もしも、よ？もしも……その子が近くにいなくて、そういう前提なしにただ伊藤さんのそういうシーンを見たら……龍之介君あなた、どう思った？」
問われた龍之介は考え込み……答を出す。
「全くの偶然かゴミでも付いたかと勝手に解釈するか、さもなければここまでめちゃくちゃになる前に美弥へさりげなく尋ねたでしょうね……」
もしも美弥に尋ねていたのであれば『やぁだ龍之介、嫉妬してるのぉ？』と一笑に付され、その後はいちゃいちゃして終わりだったはずだ。
「……！」
「ね？その子が介入してから、話がおかしくなってるのよ」
路子の言葉に、龍之介は頷くしかない。
「……ほんっと、馬鹿だなぁ」
菜々子の一言で勝手に疑心暗鬼へ陥り、二重三重に美弥を傷付けてしまった。
なのに美弥は……赦してくれた。
この件は、一生かけても償い切れないだろう。
「あ、そうだ」
自責の念にかられる龍之介をほっといて、路子が立ち上がった。
「ちょっと校内の巡回に出てくるから、留守番お願いね」
「え？」
路子は龍之介へ、鍵を預ける。
「そうね……お昼時間も含めて三時間くらいかしら。ゆっくりしててね」
龍之介が何か言うより早く、路子は保健室を出ていってしまった。
「……………………」
龍之介は赤面する。
これは、つまり……。