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夏の日
【少年/少女 恋愛小説】

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夏の日-1

「恋がしたいと思うんだ」それは夏の始まる少し前。けれど暑さは本格的な夏のようで、教室は生ぬるい気温につつまれていた。
もちろんクーラーなんて気の利いたものはない。田舎のさびれた中学校にそんな贅沢品を期待すべきじゃないんだろうけど、暑いものは暑い。
ららはうつぶせていた顔をあげて「ずいぶん唐突だね、しかも高らかに宣言しちゃって」と馬鹿にしたように言った。額には玉のような汗が浮かんでいる。
都心に比べればこっちはいくらか涼しいらしいけど、その差なんて微々たるものだと思う。
「だって、てぃーんえいじは帰ってこないんだよ。二度とない十五歳を恋愛もしないで過ごすなんて僕には耐えられない」
ららは顔をしかめた。
「何に影響されたの?変なマンガでも読んだ?」
放課後の教室には僕とらら以外いなかった。グランドからは野球部のかけ声が、四階の音楽室からは吹奏楽部の『威風堂々』が聴こえた。
僕は自分の机をばんっ、と叩きららに言いはなった。「吉原炎上、昨日テレビで父さんと見た。ららも見てみなよ。きっと恋をしたくなる」
ららは呆れた顔で僕のことを見た。
「一度、脳外科に行くといい。できたら脳みその中身も交換してもらうと尚のこといい」
ららは大きなあくびをして、また机に突っ伏した。
ららの茶色い髪が肩にかかり、息に合わせて上下していた。
僕は持っていた下敷きをうちわのようにぱたぱたと動かした。
髪の毛とスカートが、風に煽られて少し揺れた。
今度は、下敷きを下から上に向かって扇いだ。大きくスカートが揺れる。
ららは一言「あぢぃ」と言った。
「なんで怒らないの?」
ららは再び顔をあげ「パンツ見ようと必死になってるあんたがかわいかったから」と言った。
僕は、女の子はわからないな、と思った。
窓の方に近寄りグランドを見下ろした。いがぐり頭の野球部員達が必死に走っている。
「がんばれー」
当然聞こえるはずもなく、僕の声は夏の暑さにかき消された。
体を教室の方に向き直すと、ららは相変わらず机とにらめっこしていた。
「らら、暑くないの?」
「暑いに決まってるでしょ」
顔を伏せたまま答える。
じゃあなんで帰らないの?という質問を、僕は喉のあたりで飲み込んだ。
そんなの、聞くまでもなかったから。
カーテンが風に踊り、僕の頭を撫でた。
「何かジュースでも買ってこようか。おしること青汁とコーンポタージュ、どれがいい?」
「全然おもしろくない。それに、全部ジュースじゃない」
ゆったりと顔をあげ、だるそうに喋る。
汗がじっとりとして、肌にシャツがひっつく。
「らら」と僕は言った。
「なに」とららは訊いた。「恋を探しに行きたい」
「…探すって、なにそれ」ららは不思議そうに僕を見上げる。
「わからない?」
「わからないよ」
「僕にはららがわかってくれないことがわからない」「…ん?」とひどく難しそうな顔をして首をかしげる。
「恋ってなんだよ?固体?液体?そもそもどんな形してどんな色してるの?」
「そんなことは」
一度区切って
「私にゃわかんないよ。そういう類なら頭の悪そうな女子高生に訊いてみればいい。ピンク色でハートの形をしてるとか、きゃっきゃ騒ぎながら教えてくれる」長い髪をうざったそうにかきあげながら言う。
「ほら、ららだってわからないんだろ?なら、探しに行こうよ、恋を」
僕は当然のことのように言った。否、それは当然のことだったと思う。


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