夏の日-3
◇
「…ねぇ。あんた、私のことからかってる?」
ららが悪意のある目つき(をしていたと思う)でそう問掛けてきたのは4回目の「左」を言った時だった。ららが運転手になってから僕は「右」「左」と交互に言っていた。その道案内が適当なものだと、やっと気付いたらしい。
「いや、からかってなんかないよ。ちゃんと目的地に近付いてる」
淡々とした僕の返答はららの神経を逆撫でしたらしく「じゃあ目的地ってどこ?まさか、着いた場所が目的地、とか下らないこと言わないよね?」と声を荒げて言った。
「いや、ららは賢いね、もしくはエスパーだ」
「ちょっと」
急ブレーキをかけるらら。がくん、と止まる自転車。僕はその勢いでららの胸に軽く触れてしまったが、それに関してはおとがめなしだった。
「…交代。このまま運転してたらいつあんたを振り落とすかわからない」
「それは困る」
ららは不機嫌そうに自転車から降りた。
最初と同じように僕が前にに座り、ららは荷台に座った。
「よし、出発」
期待はしてなかったけど、もちろん反応はなかった。でもしばらくすると、ららは何がおかしかったのか、けたけたと笑い始めた。
「らら?」
「いや、ごめんごめん。何かあんたらしいなって思って」
僕はペダルを漕ぎながら、ららが何を考えてるのか必死に考えた。車輪と一緒に頭の回転も早まればいいと思ったけど、どうやらその歯車はうまく噛み合わなかったらしい。自転車のスピードだけがぐんぐんと上がっていった。
後ろを振り向けなかったので、ららがどんな顔をしてるのかさえ僕にはわからなかった。
「いや、本当。目的地も決まってないだなんて。本当にあんたってマイペース」「それはほめてるの?それとも馬鹿にしてるの?」
「ほめられるべき馬鹿、だと思う。やれば勉強できるくせにやらないし、受験生なのにこうやって塾だってサボってる。しかも私なんかと一緒にいる」
「塾はめんどい。だったら、ららと一緒にいたほうが面白い」
「…私は、汚い子なのに?」
肩に乗せられた手が、震えた気がした。
「らら」
「…なに?」
「そろそろ着く。ちょっとスピード出すから、しっかりつかまってて」
◇
散乱したゴミ、ちぎれた花火の跡、満ちては引く波の音。
そして、濃い潮の香り。
そこは海だった。
「到着」
僕はゆっくりとブレーキをかけ、ららが歩き出すのを確認するとそのまま自転車から手を離した。
がしゃん、と砂煙を立てて自転車は横たわった。ハンドルの先っぽが砂に埋まった。
ららはその音に一度だけこちらを振り返ったが、またすぐに前を向き海の方へ歩いていった。
僕もその跡について行った。
砂浜についたららの足跡は、ひどく小さかった。
ららは波が届くか届かないかのぎりぎりの所に腰を降ろした。
僕はすぐ隣に座った。
しばらくお互い、何も言わなかった。
波のよせる音と風の鳴る音と、海に沈む太陽だけがこの世界を作っていた。
ららはまたシャツをぱたぱたとさせていた。
僕がちらりと横目をやると、やはりその視線に気付いたようだ。
でも、ららの顔はあのバス停で浮かべた悪戯っ子のようなものではなく、哀しい瞳をしていた。