夏の日-2
「うーん…」
ららは一度うめいた後、かたん、とイスを蹴飛ばし立ち上がった。
「いいよ、暇だし。つきあったげる」
真正面を向いたららの制服は汗ばんでいて、うっすらと下着が透けていた。
「……………」
僕は下を向きながら自分の席まで歩き、鞄を持った。顔を上げると、そんな僕を不思議そうに見つめるららの顔があった。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
僕はすたすたと歩き教室の扉を開ける。
廊下は陽が照りつきサウナのような暑さだった。と言っても僕はサウナに行ったことがないので、たぶんこんな感じなんだろうなってイメージ。
「さて。じゃあ僕のリムジンで送迎しよう」
「リムジン?」
「そう、しかも最高級のね。まだ誰も乗せたことないから、ららが初めてのお客さんだ」
◇
「ねー!これのどこがリムジンー!?」
「最近買ってもらったばっかりの新車なんだ。ぴかぴかだろ」
後ろから大きな声で叫ぶらら。答える僕。
結構なスピードが出てるため、耳が風でごうっと鳴る。
「自転車はリムジンなんかじゃない!ていうか怖いー!」
普段とは違い、わーわー騒いでるららを見るのは新鮮だった。
右に左に、真っ直ぐに。ペダルを漕いでいく。
いくら女の子だからといっても、やっぱり人ひとり乗せてるのは重い。汗が滝のように出てくる。
ただ坂道になった途端、ららがぎゅっと僕のお腹に手を回してきてふんにゃりした感触が背中に伝わってきたため、汗よりもそっちの方が気になっていた。
僕はペダルを漕ぎながらそんなことを考えていた。
住宅街を抜け、日光を遮る木々のアーチがある車道を通り、もう使われていないバス停までたどり着いた。そこで僕はブレーキをかける。
ゆっくりと、自転車を止める。
「…到着?」
ららは腰に回していた手を離し、ぴょんと自転車から降りた。
「いんや、全然だ。ららは甘い。たった十分そこらで見つかるほど、恋は簡単なものじゃないんだ」
さらっと言うと、ららは僕を睨み「なんか、偉そうでムカつくんだけど」と言った。
「冗談だよ、怒らないで。それにほら、時間はまだいっぱいあるだろ?ゆっくり探そうよ」
僕はバス停の錆びたベンチに腰掛けた。
ららはまだ何か言いたそうに僕を見下ろしていたが、観念したのか僕の隣に倒れこむように座った。
僕は空を見上げようとしたが、バス停の屋根にそれを阻まれ断念した。
横を見ると、ららはシャツをぱたぱたとさせていた。その視線に気付いたのか、ららは悪戯っ子のような顔をして「見たい?」と言ってきた。
「ばか。女の子がそんなこと言うもんじゃない」
僕は内心ドキドキしていたが、ららに気付かれないよう平静を装った。
「つまんないの」
ららはそう呟き、バス停の屋根を見上げた。
僕は、やっぱり女の子はわからない、と思った。
十七台目の車が過ぎた頃、ららは立ち上がった。
「休憩、終わり」
スカートをぱっぱと叩き、自転車に歩みよった。
「まだ足りない。僕の足がまだ動けないって言ってる」
「ずいぶん軟弱な足だね」「そうなんだよ。こいつ、思ったように動いてくれない。だからこの間の体育祭だって2組の飯島に抜かれたんだ。絶対僕のほうが速く走れるのにさ」
「はいはい。わかったよ。なら、今度は私が漕ぐから」
そう言ってららはハンドルを握った。
僕はしばらく考えた。
そうすると、またあのふんにゃりした感触が楽しめないじゃないか。
そんなことを考えていた。「ほら、行くよ」
ららに促され、僕は立ち上がる。
荷台に座り、ららの肩に手を乗せた。
「じゃ、出発」
ららがペダルを漕ぎ始めた。
夏の風と、少し汗の混じったららの匂いがした。