追う者、追われる者-3
「良かったぁ。タクヤ大丈夫なんだね。」
女性が安堵しきったという表情で言う。
「あなたを殺すのは私なんだから。こんな娘に殺されないでよね。」
吊り上がった口から漏れるのは甘い笑い声。血の気を失った男は思わず後ずさりをする。
「こ、このストーカー女! この前からずっと俺についてきやがって!」
その怒声は、精一杯の虚勢なのだろう。
「だってタクヤが別れるだなんて言うからじゃない。」
「元々本気じゃ無かったんだ! なのにあんたが妻と別れろってうるさくなったからだ!」
「そう……だから殺すのよ。家に帰ってつまらない夫と顔を合わせるのはもううんざり。昔と違って彼にはもう殺意しか湧かないもの。」
女性は呆然とするリョウコを一瞥する。
「タクヤの血も肉も、私のものなんだから。あなたになんてあげないんだからね?」
その声色と表情は、隠し持っていた包丁でリョウコの背中を滅多刺しにしていなければ、まさに天使のようだった。
「ごぽっ……げ……が、ごぁ……」
血の波が喉を通る。口から溢れ出た血で、リョウコの体は赤黒く湿っていく。月光を浴び、リョウコの体は薄い銀色に染まる。悲鳴も上げずに、男は逃げていった。リョウコを抱いたまま女性はすこし残念そうな顔をしたがすぐにリョウコの方を向くと、愛しそうにその髪を撫でる。
リョウコは血の泉に溺れながら、虚空へと手を伸ばす。だが掴むものは何も、無い。
「お母さん、何で……?」
「リョウコ、私疲れちゃったのよ。あなたの受験も、お父さんとの生活も。」
「な……ごぼっ……おぉ」
最早リョウコは、一言も発することができない。
「でもタクヤがまた私に潤いを持たせてくれた……タクヤといれば私は安定するの。家にいる時とは違うの。……タクヤとの関係が終わるのは、私の世界の終わり。私の終わりは、私の家族の終わり……だから、一緒に死の? すぐ、私も行くから」
母はやはり娘を抱いたまま、優しく微笑む。そして握った包丁を、リョウコの首に突き立てた。
「また、後でね。リョウコ。」
完