レン-7
「不良少女のなれの果てってヤツかしら。」
『なら俺と似たようなものだな。』
俺は思わず笑った。
確かに彼女にはそんな面影が感じられた。
笑ったのは俺と彼女の新たな共通点を見つけたからだった。
「只の不良少年にしては腕が良すぎるわ。昨日のナイフ。」
『あれは日々の訓練の賜さ。こんな仕事をしてる以上毎日が修羅場だ。』
「どんな仕事なの?」
彼女はコーヒーのカップを口に運びながら尋ねた。
『毎日芝居をしてなきゃいけない仕事さ。』
そう言うと俺は彼女を見つめた。
昨夜の恐ろしい出来事の後だと言うのに、彼女は臆する事もなく俺の仕事を尋ねた。
彼女はもう決心を固めている様だ。
麻取の人間として、犯罪組織に潜入する事を。
ならば俺も覚悟を決めよう。
彼女を俺の潜入捜査に巻き込む事を。
彼女には組織の奥の奥まで、徹底的に潜入してもらう。
『レイラ、君は芝居がうまそうだ。』
俺のそんな言葉に、彼女は焦る様子も見せなかった。
「芝居?」
『君はいつでも芝居をしている。剥き出しの自分は、独りの時にしかない。』
彼女は笑った。
「誰だってそうでしょ?」
『昨日もその前に会った時も、君は俺が美女と呼んだら急に不機嫌な顔をしたな。君は自分の容貌を嫌っているんじゃないか?』
ふざけた口調を一切捨て、俺は真剣に訊いた。
「馬鹿言わないで。」
『馬鹿じゃない。世の中に誤解があるのさ。』
「どんな?」
『綺麗な女は人生で様々な特をすると思われている。同じ能力なら、必ず綺麗な女の方が高い評価をされると。だが実際は違う。優れた結果をだしても、綺麗な女は、認められた理由を周囲に[綺麗だったから]と言われてしまう。[綺麗]はいつだってついて回る。仕事が出来ることと[綺麗]は別だとはなかなか思っちゃもらえない。頭や体を使わず、楽をしたい女は[綺麗]を上手く使う。だが自分を正当に評価してもらいたい女にとっちゃ[綺麗]はむしろハンデになる。』
「そんな事、考えた事も無いわ。」
『嘘だね。認めろ。』
俺はきっぱりと言い切った。
「認めさせると高くつくわよ。」
『君には二つの貸しがある。』
俺のその言葉を聞いた彼女の顔に、笑顔が浮かんだ。
それは偽りを感じさせない笑顔だった。
「貸しの代わりに認めろと?」
『今、君にほんの少しだけ素の君が現れたような気がするよ。剥き出しの君が。』
俺は抑揚の無い声で言った。
彼女は煙草に火をつける。
「仕事の話をしましょう。私に何をさせたいの?」
俺も同じ様に煙草に火をつける。
『運び屋さ。』
「荷物は??」
俺は真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「聞けばもう、後戻りは出来ない。覚悟はあるか?」
俺は彼女に覚悟を尋ねた。
仕事の内容を知る以上、途中での離脱は不可能になる。
俺が彼女に求める覚悟とは、最期の時まで組織に潜入し続け、組織の実体を掴み摘発する事。
最期の時というのは、INCか日本の麻取が組織を無き物とする時だ。
彼女は無言で頷いた。
『アゲハというドラッグディーラーがいる。レイラ、君に頼みたい事はそのアゲハへドラッグを卸す事だ。』
アゲハへのダークネスの輸送は、トラックジャッカー達と直接対峙しなければならない危険な仕事だ。
だが危険が伴う分、その仕事をやり遂げれば組織の際奥への潜入は容易になる。
彼女はきっと“アゲハ”という名を知っているだろう。
数年前、新宿や渋谷といった町で名をはぜたドラッグの売人、筴〔キョウ〕と言う男が連れていた女の名だ。
筴は新宿・渋谷双方の地元暴力団と契約し、ガキ達の間ではカリスマ的な売人として知られていた。しかし、筴は契約していた地元暴力団と何かの事情で仲違いを起こし消された。
理由は定かではない。だが日本麻取は、筴が地元暴力団とは手を切り、新たな麻薬組織から薬を扱おうとした為、どちらかの暴力団から制裁を受けたという見解に落ち着いたという。
俺はその情報を日本の麻取への照会で知った。
そして筴が扱おうとしていた新たな麻薬組織というのは、現在俺が潜入している組織だろうと考えていた。
そして筴が死んだ今、アゲハが筴と組織の契約を受け継いだ。