レン-6
彼女から体を離すとき、彼女は俺の目をのぞきこんだ。
「…ありがとう。」
彼女は言って素早く体を横にした。
俺は無言で衣服を着けた。
そして着け終わると携帯を取りだし電話をかけた。
『蓮だ。粗大ごみの処分を頼みたい。―――いや、屋内だ。――あぁ。よろしく頼む。』彼女が着替えを始める気配を感じながら、受話器に声を送り込む。
電話の相手は、俺の潜入捜査をバックアップするINCのエージェントだ。
潜入している組織に死体の処理を頼むのは危険だった。
チェコ人の男に対し尋問を行わずに殺した事に、組織の人間が疑いを抱かないとは考えにくい。
俺は住所を伝えると電話を切った。
「どこに電話をしたの?」
着替えを済ませた彼女が訊いた。
『友達さ。』
俺は短く答え、つけ加えた。
『会社とは関係ない。』
きっと彼女は俺が何処に死体の処理を頼んだのか不思議に思っているだろう。
だが彼女が真実を知るのは全てが終わってからだ。
荷物を手にした彼女を連れ、俺は店を出た。
1Fでは先程のブロンド髪の男が此方に視線を向けたが、俺達に対して何か行動を起こそうという気は無い様だった。
俺は愛車の黒いコルベットで彼女を品川のシティホテルに運んだ。
『いつもの部屋を。』
フロントでそう告げ、キィを受け取る。
いつもの部屋というのは38階にあるセミスイート。
INCの日本駐在官となってからずっと気に入って使っている部屋だ。
部屋に入ると俺はリモコンを操作し、全ての窓のカーテンを閉じた。
部屋が暗くなると、彼女はようやく安堵の表情を見せた。
『シャワーを浴びろ。』
俺は言った。
そして彼女がバスルームに入るのを見届けるとメモを残し、キィを置いたまま部屋を出た。
―――――――
仕事の話は明日だ。
ゆっくり休め。
―――――――
メモにはそう記しておいた。
この部屋に俺がいる必要はない。
彼女が俺を求めた欲望はその場限りの物だったのだから。
道具として求められたから、道具として体を提供した。
そう、わかっていた。
だから彼女の感謝の言葉も無言で受け入れたのだ。
なのに、わかっていたはずなのに、心の奥の方が僅かに痛んだ。
俺はホテルを出ると、INCを通して日本の麻取に彼女の身元照会を行った。
詳しい情報は必要無かったが、彼女が麻取の人間であるという証明が必要だったのだ。
答えはもちろんYESだった。
俺は彼女の経歴やその他の概要を伝えようとしていた電話を途中で切り、車を走らせた。
麻取に記録されている彼女の情報など、俺が知る必要はない。
彼女の事はこれから、俺自身が感じ取っていけばいいのだから。
翌日、俺は再び彼女のいる品川のシティホテルへと向かった。
フロントでスペアキィを受け取り、部屋に入る。
リビングルームとベッドルームに彼女の姿が無い事を確認すると、ルームサービスでコーヒーを頼んだ。
砂糖もミルクも入れずコーヒーの香りを楽しみながら、バスルームにいるであろう彼女を待った。
少しの時間が経った後、ベッドルームからリビングルームへと続くドアを彼女が開いた。
「いつきたの?!」
そう驚く彼女に俺は
『ほんの少し前だ。』
そう答え、ポットからコーヒーを新たなカップに注ぐ。
『よく眠れたか?』
「おかげさまで。」
彼女はつかのま沈黙し、答えた。
『一体いつから危ない仕事をしている?』
彼女は俺の向かいに座った。
俺は座った彼女にカップ押しやった。