レン-30
部屋を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。だが時間の割りに大した収穫があった訳でもない。後はケイの働きに期待するとしよう。
エントランスへと繋がる廊下を進むと、俺が役員室へと向かった時と同じ様にソファに座るケイの姿があった。
『収穫ナシ…、そっちはどうだ?』
俺はケイの向かいのソファに腰を降ろすと尋ねた。
「データの存在は確認しました。ですが簡単に盗み出せる状態ではありません。」
『盗み出せないなら、奪うまでだろう?』
俺はジャケットから煙草を取り出しライターから火を移す。
「奪うとなると強襲の際が適切でしょう。」
『そうだな。』
俺が短く応えるとケイは少し不安気な表情を見せた。
「彼女の掛けたロックは非常に癖のある物です。……確実な解除の方法を、強襲以前に知っておく必要があります。」
『シェリルに強襲の際、自らロックを外させる事も可能だろう?』
俺の目的は最初からそこにあった。
「不可能ではありません。ですが彼女が計略通りに動かなかった場合の保険として、ある程度解除方法を知る必要があります。」
どうやら、ケイとシェリルは俺の予想通りに動いてくれたようだ。
ダークネスの納品記録を握るシェリル、彼女は自らが流通を記録するダークネスへの依存と、彼女の全てである組織への依存によって酷く脆い精神状態にある。だが強襲の日までにその依存をケイに少しでも傾けられないか、そう俺は考えた。脆い心こそ、新たに侵入してきた誘惑には揺らぎやすい。
俺はケイの溜め息を聞き、クスリと笑いを溢した。
『仕方がないのさ。俺の様な黒髪東洋人が近付く事を彼女は好ましく思ってはくれない。ブロンドの髪に青い瞳の王子様じゃなきゃ、彼女は自分の領域に迎えてはくれないんだ。』
俺はハッキリ冗談と分かる口調でそう告げた。だがそれは全くの口からでまかせという訳でもない。
組織の秘密を守る為、この建物の外に出る事を許されないシェリルは、自分に近付く男に対して異様な執着をみせる。
特にそれは自分と同族である欧米系白人に強く。
まるで、闇の中で黒く歪んだラプンツェルのように。
そしてその高い塔の上に閉じ込められた黒い姫の心を、どれだけケイが揺るがす事が出来るかにかかっている。
「最善を尽します。」
『強襲までもう日数はないはずだ。それまで出来る限りの時間を彼女と共有してくれ。』
俺はソファの手摺に備え付けられた灰皿に短くなった煙草を押し付け、出口へと向かって歩き出す。ケイもそれに従った。
次の日から5日間、ケイはシェリルの元へと足を運び、順調に彼女の心を乱して行く。
俺は強襲の準備に追われ、殆んどの時間をINCの駐在官事務所で過す事となった。だがその合間をみては倉庫で事務仕事にあたるムィに連絡を取り、納品の状態や倉庫内の様子を窺った。レイラを含めた運び屋達は何の問題も無く納品をこなしてくれているらしい。
そして俺が顔を見せない代わりに、ある意外な人物が倉庫に顔を出す様になったという事もムィから聞かされた。フールだ。
フールは要りもしない倉庫内のチェックをすると決まってレイラに声をかけているらしい。
…レイラ、フール、アゲハ、そして今は謎に包まれたダークネスの製造者達。
俺は頭の中の絡みあっていた幾つもの線が一つに繋がるのを感じた。