花言葉-1
東京の大学に通う佐々木雪成(ササキユキナリ)は、電車にゆられて帰郷している。心は早く帰りたい一心で、手には一輪の花を持って。
高校の卒業式を終えた雪成は、一人教室に残っていた。
「この学校ともおさらばか…。」
そう呟いていると、教室に誰かが入ってきた。
「ユッキー、何してんの?もうみんな帰ったよ。」
「樹か。別にいいだろ?最後くらい、じっくり教室を見てたってさ。」
清風樹(キヨカゼイツキ)。雪成のクラスメートである女の子だ。体つきはきゃしゃと言える程細く、あまり丈夫ではなかった。けれど、そんなことを感じさせないくらい明るい性格をしている。
「ヘェ〜、ユッキーらしくないね。」
ちなみに『ユッキー』というのは、樹が高校入学した時に雪成に付けたあだ名である。こう呼ぶのは樹だけで、雪成もそのことに慣れていた。
「でもその気持ちもわかるな。この学校ともさよならだもんね。」
「あぁ。特に俺は東京の大学に行くから、この街にもしばらく帰らないだろうしな。」
雪成はふと窓から外を眺めた。
「樹は大学、地元なんだよな?体壊すんじゃねーぞ?」
「うん、ありがとね。」
樹はそう言うと、雪成の近くのイスに座った。
「ねぇユッキー?東京に行っても私のこと忘れないよね?ずっと覚えててくれるよね?」
樹はいつもとは打って変わって、やけに声が小さかった。
「ん?どうしたんだよ。樹らしくもない。」
「忘れてほしくないの。ユッキーだけには、私をずっと覚えてて欲しいの。ずっと…。」
「い、樹?」
樹の目には涙がたまっていた。
「ユッキー。大学卒業したらさ、帰ってきてよ。その時まで待ってるからさ。もし会えたら、その時自分の気持ちを伝えるから。」
雪成はこの言葉の意味を何となくながら理解した。樹は自分のことを好きなんだと。
「わかった。お前の事ずっと覚えててやるよ。だから樹も待ってろよ。いいな?」
「うん。約束だよ?」
その日、二人が想いを伝えあうことはなかった。
それから一年半、雪成が大学二年の時だ。雪成はアパートに一人暮しをしていた。
ある夜、雪成が自分の部屋で寛いでいると、突如電話が鳴りだした。それは高校時代のクラスメートからだった。
「清風の奴が…、俺達のクラスメートの清風樹が…死んじまった。」
雪成の耳にはその言葉しか残っていなかった。
「樹が……死んだ?嘘だろ?嘘…だよな…?」
そう頭の中で自問自答していた。その夜、雪成が眠ることはなかった。
樹の葬儀は静かに行われた。雪成も参列している。今は樹の母親があいさつしているところだ。
「娘は植物の大好きな子で…、死ぬ直前も『自分は〈あさがおの花〉みたいだ』と言っていました…。」
樹の母親は涙ながらに話している。ただ、雪成はこの言葉が気になって仕方がなかった。
「あさがおの花?あいつ、何でそんなものに自分を例えたんだろう?」
雪成の疑問が晴れないまま、葬儀は終了した。
東京に戻った雪成は、辞書であさがおについて調べてみた。
「あさがお。この花と樹の似てるとこって何なんだ?あれ、これ…。」
雪成の目にある言葉が入った。
「あさがおの花言葉…。なるほど…そういうことかよ。」
雪成はそのままアパートを後にした。途中、花屋に寄り、その足で帰郷するために…。
電車の中で、雪成は泣きそうな自分の心を抑えていた。樹の気持ちに気付いていただけに。そして、樹が死ぬ間際の想いに感づいてしまっただけに、心の涙を抑えていくのは容易ではなかった。
樹の墓の前。雪成は線香をあげた。
「樹よ…、俺のこと待ってるって言ってたじゃんかよ。体気をつけろって言ったのに死んじまってさ。」
雪成は持っている花に目をやり、呟き続ける。
「お前、自分はあさがおみたいって言ってたらしいな。あさがおの花言葉は『はかない恋』だ。死ぬこと、分かってたんだな、樹。俺と二度と会えないって。けど、お前にこの花言葉は似合わないと思う。まぁ、俺の勝手だけどな。だからこの花をやるよ。」
雪成が墓前に差し出した花、それは一輪の白いバラの花だった。
「清風の名に負けないくらい清らかな白。雪の白でもあるんだぜ。それと……俺からのメッセージだ、樹。」
雪成は手をあわせて目を閉じた。自分の想いが樹のところに届くよう願って。
バラの花言葉。それは『清純な愛』である。
〜END〜