My name is…-1
「ホウジョウさん。ホウジョウケンさん!」
またか…。小さい溜め息をついて席をたつ。
俺の名前は北条健。こう書いてキタジョウタケシと読む。ホウジョウケンでもなければホクジョウケンでもない。
別にこの名前に誇りを持っているわけではない。というか、むしろそんなことどうでもいいとさえ思ってる。でも間違えられるとなんかムカつく。
銀行窓口のネエちゃんとか学校の先生とか、読む側からすれば「そんなややこしい名前を持つアンタが悪い」てなことになるかもしれない。
それも分かる気がするし、俺がもし銀行窓口のネエちゃんや学校の先生の立場だったら絶対そう思う。
今まで生きてきて一度もちゃんと読んでくれる人はいなかった。16年も生きてきてただの一度も。送られてくる手紙でさえ。
そんなことを友達に話すと「どうでもいいじゃないか」と決って軽く流される。確かにどうでもいいことだから「そうだよな」と返すけど、間違えられたことがない人間には分からない!てなことも思ったりする。それでまたムカつく。
名前を間違えられたことで自分の存在さえ間違えられた気になる。
なんて大それたことは考えてないけれど、一度でいいからちゃんと呼ばれたいと思う。つまらない意地を張っているってわかってるけど。
ホウジョウさんと呼んだ今度の犯人は病院の看護士だった。
「ここで待っていてね」
と、外でもない中でもない中途半端な場所に置かれたソファーを指差した。中待ちとかいうらしいが、待たされるという意味ではさっき居た場所となんら変わりないように思う。そんなまたどうでもいいことを、熱でボーとした頭で考えながら待っていた。
誓って言うけど、いつもいつもこんなくだらないことを考えて生きているわけじゃない。
普段はもっとまともなことを考えて悩んで生きている。学校のこととか部活のこととか将来のこととか隣の席の女の子のこととか。
ちょっと言い訳がましくなるけど、風邪ひいた時の頭は普段と違う動きをするから。俺はけしてそんな小さい男ではない。
「ホウジョウさん」
奥の部屋から医者が名前を呼んだ。やっぱムカつく。
無視して座っていたら近くに立ってたさっきの看護士が
「呼ばれたよ」
と言ってきた。
これがオバサンのナースとかだったら黙って診察室に入るんだろうけど、ちょっとタイプの若い看護士に笑顔で言われたもんだから「あ、はい」なんて言って席を立った。やっぱり俺って小さいかな…。