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『月下』
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『月下』-1

目の前で人が死んでいく姿なんて、見たくない。
それが自分の肉親なら、尚更。

目の前で身体中の皮膚が裂け、肉が裂け、
真っ赤になって死んでいった、私の父。

その姿が脳裏に焼き付いて離れない。



「ただいま」
学校から帰り、いつものように玄関のドアを開ける。
「おかえりなさい…」
リビングから母が顔を出す。
怯えた顔で。

私は、毎日この母の表情を見るのが嫌だ。
母の表情を見る度、父が死んだ時のことを思い出すから。

靴を脱ぎ、私は早足で母の横をすり抜け、階段を駆け上がる。
私が母の横をすり抜ける瞬間、母の体がこわばるのが分かる。

母は、私を怖れている。

私の能力を怖れている。

私はイライラした空気を追い出すように、大きな音を立ててドアを閉め、自分の部屋に閉じ籠った。



父が死んだのは4年前。私が中学1年の時。
今でも、はっきり思い出せる――

その日は、通ってた塾が少し長引いてしまって、暗くなった道を私は急いで歩いていた。
外灯も少なくて、普段から人通りもほとんどない。
夜道を照らすのは、わずかな月明かりだけ。
見上げた空に、白い顔をした月を見付け、なんとなく怖くなった。
家まであと5分 ―― 私は走り出した。

その時、ガクッ、と衝動があって、見ていた景色が変わった。

何があったのか分からなかった。
目に映るのは、さっき見上げた月。
そして私に覆い被さる人影。
背中には草の感触。

――あぁ、道路脇の草むらに倒されたんだ…

そう脳が認識した瞬間、私の服は派手な音をたてて、破かれた。
強い力で口を押さえる大きな手。
首筋には、ねっとりとした舌の感触。
気持ち悪いくらい熱い息が、胸元にかかる。
「……っっ」
(声が…声が出ない!!怖い…誰か助けて!!)
涙で月がぼやける。
その月も、見る間に雲の間に姿を隠した。
辺りは一気に暗くなり、私は、月にすら見捨てられた気がした。


「麗子!!」

その声と共に、私の体の上の人影がのけ反った。
(この声は…)
「父さん!!」
自由になった体を起こし、大声で叫ぶ。
助けてくれたのは、帰りの遅い私を心配して、迎えに来てくれた父だった。
ガクガク震える足を両手で支え、立ち上がった私。
その足下に何かが…転がった。
「うぅ…」
――この声
「父さん?」
月が雲から顔を出し、父の顔を照らす。
鼻と口から血を流し、辛そうに顔を歪めてる父がはっきり見えた。
「父さん!!」
私はよろめく父の肩を支える。
「麗子…ケガはないか?」
私の顔を優しく撫でながら父は問う。
「ない…でも…でも父さんが…」
次から次へと溢れてくる涙。
「父さんは大丈夫だ」
父は、そっと拭ってくれた。


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