過ぎ去りし日々-5
「ヨシ!行くぞ」
と、彼女の肩を抱えて公衆トイレへと入った。中洲と違いこの辺りのトイレは利用者が少ないためか、清潔なままだった。
「ちょっとキツいけど辛抱せえよ」
一生は右手で彼女を支え、左手の人差し指を彼女の口に突っ込んだ、途端、彼女の口から勢いよく液体が吐き出された。
一生の左手のヒジから先が濡れわたった。彼女は少し楽になったのか、身体を踏ん張っている。一生は右手で彼女の背中をさすった。
「これでウガイせぇ。そんで飲むんや」
一生に言われるまま彼女はミネラル・ウォーターで口をすすぎ、そして喉を潤した。涙と鼻水で、化粧も少し剥げている。
「あ〜あぁ、美人が台無しやがな」
そう言って一生は持ってたハンカチを彼女に渡した。
帰りのタクシーの中、二人は無言だった。彼女も行き先を補足する以外、言葉を発しない。
「そこで止めて下さい」
彼女がそう言うとタクシーは止まってドアを開けた。彼女が降りながら一生に手を伸ばした。
「今日はありがとう」
一生がその手を握りながら、
「また呑もな。もっとも、さっきみたいなんはゴメンやけど」
彼女が手を離した時、座席に紙切れが落ちた。ドアが閉まりタクシーは走り出す。
(何や?)
一生は紙切れを拾いあげる。彼女の名刺だった。
(……都田尚美)
名刺を裏返すと殴り書きで“ありがとう”とだけ書かれていた。
…【過ぎ去りし日々 完】…