Identity 『一日目』 PM 5:39-1
一時間が経過した。
誠は、見た目は普通に戻ってきた。手には、自分の荷物だけを持っていた。他人の荷物を勝手に持っていくのは気がひけたのだろう。当たり前だ。バスの中の荷物のほとんどが、クラスメートの遺品なのだから。
とりあえず、リュックの中にあった菓子を皆で分けて食べた。コレだけ不味い菓子は食べたことがなかった。
場を支配していたのは沈黙。
皆、どうしようもない不安に駆られていた。自分たちは、帰れるんだろうか。
「……いつになったら助けが来るの……?」
早紀が呟いた。その呟きに答えられる人間はいなかった。
パチパチ。ザザザザ。焚き火と葉擦れの音が交互に響いた。
その時。
「淳!?」
璃俐が悲鳴に近い声で叫んだ。皆が璃俐と淳のほうを見た。
淳の息が荒れている。寒いといっていいぐらいなのに、顔には大量の汗をかいていた。顔色は青く、身体が震えている。
「藤村!?」
誠が駆け寄る。それにつられて、皆が淳の周りに集まった。
「どうした!?」
「淳が、淳が……どうして、わかんない、急になんかなって……!」
璃俐の言葉は要領を得ない。パニックになり、言葉が出てこないようだった。
「……敗血症、かな」
早紀が自信なさ気に呟く。そういえば彼女は医者志望だった気がする。
「何だ、敗血症って!?」
「……ば、ばい菌が入って……そう、要するに、化膿してるの」
動揺で言葉が出てこないというより……
(――このままじゃ、危ないかもしれない)
言葉を選んでる、そんな感じがした。
「危ない……!?」
思わず“声”を“塞ぐ”のを忘れてた。あまりにも、無神経に。
「河崎くん、……こんな時に、そんなこと、言わないで……」
早紀の言葉に嗚咽が混じる。殴りたくなった。自分を。
「河合……どうなんだ?」
誠の抑えた言葉が、ありがたかった。
「その……、危ないかも……医者じゃないけど、早く手当て受けないと、もしかしたら」
「なっ……!!?」
璃俐が絶句する。他の皆も同じように立ち尽くした。
もしかしたら
(――死ぬかもしれない?)
「早く、早くどこかに行こう!!」
叫んだのは、裕也だった。
「どっかってどこだよ!!」
「とにかく人のいるところに! 早くしないと……」
「まぁ、待てよ」
憎たらしいほど冷静に、廉児が止めた。
「ここの森は深い。下手に動くと遭難して、全員危なくなる。とりあえずだな……」
廉児は誠のリュックを勝手にあさると、余っていた菓子パンを取り出し、淳のほうへ投げ渡した。
「コレでも食っとけよ」
「で、も……」
「いいから食えよ」
渋々淳は菓子パンを口にする。飲み込むのも辛そうだった。
「飲み水は……なさそうだな」
皆不審そうに廉児を見ている。廉児はそっぽを向きながら、
「道もわかんねぇのに、動き回るなんて自殺行為。……分かってるんなら、俺たちこんなとこに居やしねぇよ。待ってた方がいい」
廉児の言葉は素っ気無い。だが現実を見ると、廉児の言葉は正しかった。
納得したわけではない。だが他に方法はない。反論も出ない。
誠が上着を脱ぎ、淳の身体にかけた。
「心配すんなって、すぐに助けが来るよ」
「……うん、ありがと……」
すぐに助けが来る。ずっとそう思っていた。
でもその言葉はもう、意味を成していなかった。それでも。
すぐに助けが来ると信じるしかないのだ。それしか出来ないから。
「………!??」