青い世界を散歩する。-2
◆
校門では教員達が挨拶をしている。
よくもまぁこんな朝早くからご苦労な事だ。 僕なら3日で飽きているだろう。
「おはよう。」
見知らぬ顔が無機質に挨拶する。
彼らにとって、これも仕事。
事務をこなす時に、感情なんてものは不必要だ。
「おはようございます。先生。」
君はいつも、行儀が良い。 機械化した教員一人一人に律義に挨拶をして行く。君の隣で仕方なしに僕も声をだした。
『おはようございます』
おはよう、か。
誰か言ったのなんて久々かも知れないな。
そう思うと何か可笑しく、口の両端はつりあがってしまう。
妖しい笑い方だと、皆が言った。
朝の空を、なんとなく見上げた。
◆
雲が気持ち良さそうに空に広がり、太陽はますます力を強めていく。 鳥達が自由を求めて飛び回り、それを僕はボンヤリと見つめていた。
ここから見える景色が好きだった。
僕の所属するクラスの教室、それに面する廊下の窓。
広がる世界はけして広くはなく、人工物でひしめきあうなかで見る空はまた格別だった。
不意に声を掛けられる。
「こんな所でなにしてるの? なにか見える?」
君はいつも楽しそうだね。
僕も一度、一日中笑って過ごしてみたいものだ。
『別に。空を見てた』
「ふぅん。変なの」
『そうかな。』
君の眼は子供の様で、不自然な僕の笑顔は見抜かれてる様で。
確かに変だとは僕も思う。
春の日差しは温かかった。
◆
家路の途中に変な旅人を見た。
でっかいカバンを背負い、片手にはスケッチブック、もう片方は頭の麦わら帽子に手を置いていた。
服はボロボロで汚れが目立つ。
眼が特に印象的で、切れ長の眼には全てを肯定する様な、そんな優しさが滲みでていた。
何故か僕は怖くなった。
気付けば駅に向かう足は走りだしていた。
あの眼を長く見続けると、僕の中で何かが崩れる様な気がしたから。
やはり意味はなかったが。
◆
家にはやはり誰もいなかった。
当たり前だ。
僕の家族は“もういない”。
自分一人でコーヒーを煎れる。 コポコポとコーヒーメーカーが鳴らす音は、しかし僕を安心させるには足りなかった。
出来立てのコーヒーを口に含む。
意味なんてないけど、美味しい。
そこに意味なんて必要なんだろうか。
良いテレビもやってないので少しブラブラする事にした。
太陽はもう頂点をとっくに過ぎて、他のどこか、明日を待つ人の所へ向かう。
明日を迎えられた人は喜ぶのだろうか。
そんな事を考えながら道を歩く。
空は今日もキレイで、やはり僕を見ていない。 それでも僕は空が好きだ。
◆
なんの事はない河川敷で時間をつぶす。
明日も晴れるだろうか、とか。
君はまた僕の隣にいるのか、とか。
また空を見れるかな、とか。
夕陽がキレイだな、とか。
そんな事を考えながら時間をつぶす。
家には誰もいないのだから、時間をつぶす。
空はやがて、青から藍色に変わりはじめていた。
今日も終わったと一人ごちてみるけど、誰も聞いてないからなお虚しい。
なんか可笑しい。
僕は一人。
大きな声で笑ってみた。
不思議と心は穏やかだ。