時計電車-1
久しぶり、だった。
時が過ぎるのも忘れ、全力で両手を振り、歓声をあげ、そして叫んだ。
友人から贈られた二枚のチケット。
ライブ、それも最近の若者達に人気のロックバンドのやつ。
初めは、他の誰かに譲ってしまおうかと思ったんだ。
自分より一回り近く離れた世代の流行にはイマイチ共感出来ないし、それが開かれる都心へ行くのですら、最近の自分にとっては、とても億劫に感じられたから。
だから、チケットを受け取ってから数日の間、僕はリビングのテーブルの上に、なんとなくそれをそのまま放置してしまった。
それから少し後、それに気付いたのは、共に暮らす彼女。
その、見慣れない二枚の紙切れを摘みあげ、怪訝な表情をこちらに向ける。
「なあに、これ?」
「んー、ライブのチケットだ……」
おそらく「ライブ」と口から出たあたりからだと思う、彼女の表情が曇間に覗く陽射しの様相を見せた。
「行きたい!連れてって?」
「行きたい…… の?」
「駄目?」
彼女とは高校の頃からの付き合いで、僕と同じく相応に歳を重ねてきた筈。
だから、年代的な部分での生活感覚や価値観は同じであるものだと思っていたのだが、この反応は意外だ。
「ねえ、駄目? 昔はよく一緒に行ったじゃない!」
目を向けたまま、再び。
駄目と訊かれて駄目と応える理由もなく、ましてや僕の思っていたところなどは、してその理由には成り得ない。
「うん…… じゃあ、行こうか?」
こうして、僕達は週末を決めた。
ライブハウスを出る頃には、辺りはすっかり暮れなずんでいた。
見上げれば、こちらに倒れてきてしまいそうな無数のビル。
その彼方に覗く、四角く紫がかったオレンジが、無表情に夜の訪れを告げている。
走り去るバス、行き交う人々……
その全てが、どこか静かに感じられるのは、心地よい疲れの所為だろうか。
「ねえ、楽しかったよね?」
彼女が笑う。
僕も、全然乗り気ではなかった事などすっかり忘れて「ああ」と微笑み返す。
微笑み返した、そこにある笑顔は、いつかのあの笑顔……
そういえば、そうだ……
学生の頃は頻繁に、彼女を連れて電車に乗って、街へと出掛けたと思う。
他愛もない会話を交しながら、映画を観にシアターへ、その帰りにはアイスクリームを食べる。
そしていつも、帰り道に彼女が見せる笑顔は、今目の前にあるこの笑顔だった……
ライブの余韻と、言葉にするには少々照れ臭い想い出に浸る事しばらく。
その間も足を進めていた僕達は、やがて駅へと辿り着いた。