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時計電車
【コメディ 恋愛小説】

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時計電車-2

恵比寿駅、北口。
切符を買うために見上げた売り場上の路線図には、もう蛍光灯の明かりがともり始めている。
小銭を取り出しながら「いくらだったっけ?」と呟く。
しかし、すぐ横から返される筈の返事がしばらく無いので、僕は一旦その手を止めて顔を上げた。
すると、路線図を兼ねた料金表を見上げながら、左の頬に同じく左手の指先を当てている彼女が視界に映る。
ちなみに、この仕草は、何か考えている時の彼女の癖だ。
「どうした、考え事?」
訊く声に我に返り「ううん、なんでも」と苦笑いを浮かべる。
その様子は気になるものの……
別段、大した事では無さそうだから、もう一度本題へ戻る。
「で、いくらだ?池袋まで」
「ん、260円…… かな?」
曖昧な返事に答えを諦めた僕は、自分で路線図を見上げると小銭を券売機に放り込んだ。
そして、大人二枚のボタンを押しながら「あとで教えろよ?」と横目で訊く。
「大した事じゃないからさ」
彼女は申し訳なさそうに再び苦笑いを浮かべながら、僕の手から切符を受け取った。

休日の夕方にもかかわらず、意外にもホームは閑散としていた。
いや、それとも休日の夕方だからなのだろうか。
この場所の普段を知らないから、なんとも言えないのだが。
そんな事をボンヤリと考える僕の横で、先ほどの仕草は見せないものの、彼女もまた何か考えている様な表情を見せる。
それに気付いて、先ほどを思いだし「そういえば、さっき……」と切り出してみる。
「ん? さっき?」
「いや、今もだけど。何を考えてた?」
一瞬、目を丸くする、そして少し照れた様な笑みを浮かべながら「ああ、あれね」と続けた。
「時計みたいだな…… と思ったのよ」
「何が?」
「ほら、山の手線。今から私達が乗る……」
「……わからないな」
「路線図があったでしょ? アレのね、丁度池袋のとこを12時の部分に見立てるの」
僕達は池袋で降りて、今の生活路線である私鉄に乗り換える。
「それで?」
「私達が今居る恵比寿は8とか7かな。それで、電車は時計の針ね。逆に回ったから、私達は過去に戻ったの。だから若い子達に混じって、あんなに大騒ぎをして、その後であの頃の様に二人で街を歩いた」
「ああ……」
妙に納得してしまう、だがそれが何となく悔しくて、少しだけ意地悪く言葉を返した。
「なるほどな、今度は外回りの電車に乗る訳だから、時計の針は普通に回って、僕達は元々の時間に戻るんだ?」
「ええ、そんな感じ。くだらないでしょ?」
少し笑いながら返す彼女と僕の間を、微かな風が音も立てずにすり抜けた。
そして、それが行き過ぎるのを待っていたかの様に、ホームの全てに案内のアナウンスが響く。

『……電車がまいります。白線の内側へ、さがってお待ちください』

線路の彼方に目をやりながら「そろそろ来るね」と彼女が呟く。
その横顔は、どこか寂しげで、僕は先ほどの自分を少し悔やんだ。
風が揺れ、線路の軋む音が遠く耳をかすめる。
ホームの縁へ足を進めたその時……
左手から目の前に来る筈の電車は、僕達の背中の右から左へと走りこんで来た。
「あれ? 内回りだったんだ……」
勘違いに気付いた二人は、どちらからともなく声をあげる。
そして顔を見合わせて、思わず笑う。
だって、これは内回り……

そうだ!

「なあ、乗ろうぜ!」
思い付いて、声をあげる!
「えっ? でも……」
「いいから!」
彼女の手を引く、そして
「時計を反対に回るんだ! そして池袋まで行く! 池袋に着いたら映画を見て、アイスクリームを食べないか?」
彼女は目を丸くしたまま、僕は手を引いてホームを走り、内回りの電車に……


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