無名の伝記-8
「いい子ね、エバン。」
セリカの手がやさしくエバンの髪を撫でた。そして本当にいい子と深く気持ちを入れて呟く。
「最初出会った頃と比べると大違いね。冷たい目で周りを見下して、なんの希望も期待も持たない日々。」
セリカの言葉にエバンは何も言うことができなかった。後ろめたい訳じゃない、うんざりしている訳でもない、ただあの頃の自分を振り返りながらセリカの次の言葉を待っていた。
ただセリカの目を見て待っていた。
「ねぇ、エバン。なんで私があんたを誘ったか、分かる?」
「…可哀想だと思ったからか?」
「違うわ。あんたが恐かったからよ。」
少し嫌な空気を持って出したエバンの答えにセリカは強く否定した。彼女が出した答えはまったく考えもしない理由。
エバンは黙ったまま彼女を見ていた。
「初めて会った日の事覚えてる?私と話した事も。」
「少しなら。」
「私が殺した男を目の前にてあんたは言ったのよ。邪魔だって。」
エバンは全く反応しなかった。セリカが何を言いたいのかがまだ分からない。
「邪魔という言葉を否定するつもりはないの。ただあんたは、自分の通る道にゴミがあるという意味合いで吐いた。」
嫌がる訳でもなく、気になる訳でもない、ただ不快なだけだった。セリカがいなければきっと当たり前のようにエバンは男を踏んだだろう。
そこに感情などはない。いらない、排除、その選択しか持ち合わせていない。
セリカの言葉はエバンの表情を次第に暗くさせた。絶望にも近い気持ちに過去の自分を悔やみたくなる。それは恥ずかしさにも似ていた。
「ある程度年をくってから腐るのは別に構いやしないさ。それはそいつの心の弱さだ。」
でも、とセリカは言葉を続けた。
「その幼さで心を腐らせちゃいけない。私はあんたの未来が恐くなった。私のようになっちゃ終わりだよ。」
外さない視線、セリカは一つずつ丁寧に言葉を伝えた。その想いはどこまでも真剣でエバンを捕えて放さない。
「あの頃は、そう思ってたけど…それが今じゃねぇ?エバン。」
やさしい表情に変わり、セリカはまるで押さえ付けるようにエバンの頭をなでた。反射的にエバンは抗議の声をあげる。