無名の伝記-7
いつもと同じ様に朝が来て一日が始まる。
いつもと同じ様にエバンは新聞配達をし、それをセリカは窓から眺めていた。毎度のように喧嘩をしてセリカはエバンを見送る、そんな二人を町中の人が見ていた。そんな二人を彼らも見ていた。
視線を感じてセリカは通りに目をやった、確かに目が合う人がいる。大きな瞳が印象的の優しそうな女性、彼女は微笑むとゆっくりお辞儀をしてみせた。そして横にいた男性に促され立ち去っていく。
セリカには分かってしまった、きっと彼らはエバンを見に来たのだと。去りゆく彼らを見ながら体の力が抜けていくのが分かった。ゆっくりと下がり机に腰をかける、やけに外の賑やかさが耳に響いた。
カインズ夫妻。
そう呟いてセリカは俯いてしまった。遠退く町の賑わいに取り残されたような気にもなる。セリカが呟いた名前はエバンを養子にしたいと、そう名乗り出た夫婦の名前だった。
どれくらい時が経ったのだろう。気を鎮めるために吸い始めた煙草は3本にもなっている。
「なんで私こんなに動揺してんだろ。」
髪をかきあげながらセリカは自分を客観的に見て思った。深く吸って勢い良く煙を吐く。それはため息まじりの煙、セリカは苦々しく笑って煙草の火を消した。
体を後ろにそらし、天井を見上げる。その表情は切なくも清々しさを秘めていた。灰皿を手にして吸い殻を始末する、セリカはいつも通り朝食の支度を始めた。
遠くの方から近づいてくる足音に耳を傾けながら、幸せな気分をかみしめていた。玄関の前で止まることない足音は真っすぐ扉を開けて入ってきた。
「ただいま!」
「おかえり、エバン。お疲れさま。」
「お前なぁ、相変わらず窓から飛び降りようとするの止めろよな!?」
今朝の喧嘩の文句を言いながらエバン洗面所で手を洗い席に着いた。見事にしつけられた生活は週間となっているのをセリカは感じていた。エバンの前に朝食を出していく。
「はいはい。」
そう言いながら笑うセリカはどこか淋しそうに見えた。彼女につられるようにエバンの表情も曇っていく。最後にエバンの横に立ち、マグカップを置いた瞬間エバンはセリカの髪をやさしく掴んだ。
セリカを包む香水の奥にエバンは見つけてしまった。
「エバン?」
近い距離、エバンはセリカの目を真っすぐ見つめて言葉にした。
「何があった?」
また煙草を吸っていた、そんな事は隠しても無駄だった。いくら片付けても匂いを隠してもエバンは気付く。
「最近、様子がおかしいぞ?また煙草吸ってるし、元気がない。」
表情には出さなかったがセリカは動揺していた。セリカがこの言葉を言われたのは2回目だった。頭の中で色んな出来事が目まぐるしく回転する。本音と理性が競い合い、それは一瞬で決まった。