無名の伝記-5
セリカが息の根を止めた残骸がじわじわと白を赤に染めていく。それを足元に見下ろすようにセリカは塀の上に座っていた。
少年はあと少しというところで足を止め、雪に静かに埋もれていく人を見ていた。
「あんた、殺し屋?」
「だったら何?目障りかしら。」
エバンの言葉を待たずにセリカは呟いた。そしてもう一度煙草を深く吸って体中に染み込ませる。空を仰いだ、薄暗い雲から次から次へと白い雪がはらはら降ってくる。ふと声をかけられたので、セリカは少年に目をやった。
「なぁ、こいつ何やったんだ?」
「気になる?」
「…ちょっとはね。」
少し考えてからだした言葉だった。別に気になるから聞いた訳ではない、それは社交辞令に近いものがあった。だからだろうか、少年の表情も声も冷たいものだった。
「こいつは最悪の男。10にも満たない女の子を何人も犯して殺した。」
亡骸の説明をするセリカもまたひどく冷めたものだった。また深く煙草を吸い込み、ゆっくりと煙をはく。深く吸われた煙草の火は比例して口元に近づいていく。
「こいつにこの死に場所は綺麗すぎた。」
そう言い放つと煙草を指で飛ばし亡骸の上に落とした。少年はセリカの様子を黙ってみていた。手には銃、限りなく自分の力を使わずに人の命を奪える代物。間違いなく横たわる人物の命を奪ったのはそれだろう。
「どうでもいい。」
関心が全くない声、少年の小さな呟きはセリカの耳に大きく届いた。
「あんたの事情なんか知らねぇよ、さっさと片付けてくれ。邪魔だ。」
そう言い放つと少年はセリカの前を通り過ぎていった。無機質な目はセリカの脳裏に深く刻まれたのだろう、後にセリカは再び出会った少年にこう告げた。
「ねぇ、私と一緒に暮らさない?」
その少年こそがエバン、これが二人の始まりだった。
「あの後、口説き落とすのが大変だったのよね。」
昔を思い出し笑いながらセリカは呟いた。もちろん一筋縄ではいかないエバンを納得させようと、セリカは連日のようにエバンの下に通いつめた。
始めは何の興味さえ示さなかったものが、会う度に感情を覚えていく。ひとつひとつ殻が破れていくのがセリカにはたまらなく嬉しかった。
生きなくてはいけない。
この子を人間らしい子に戻さなくてはいけない。
それがセリカの生きる意味に変わっていった。この子を人間らしい子にするには、人と触れ合うことが必要。そう考えた結果、二人はジェイドの町に住むことになったのだ。
そしてその為には自分もかたぎに戻らなければならない。セリカは足を洗い普通の生活に戻る決意をした。