無名の伝記-21
「エバン、行きな?」
「ああ。」
もう悔いはない、伝えたい事は伝わった。でもエバンの手はまだ離れることを惜しんでいる。
これが本当の別れ。エバンの連絡先もセリカは受け取らなかった。二人を繋ぐものはこの先も抱えていく思い出しかない。
「世界が狭いと言われた。」
「え?」
突然のエバンの言葉にセリカは意味が分からなかった。遠い目をして呟いた言葉は一体誰に言われたのだろう。
「そうなのかそうじゃないのかは、オレがこれから広げていく事でしか分からない。」
相変わらず何の事を言っているのか分からないセリカははてなマークを浮かべながら聞いていた。
真っすぐ見つめる決意のある瞳、不思議とそれは体の自由を奪った。何かくる。それは聞いていいのかいけないのか、セリカを動揺させた。
「セリカ、お前を探していいか?」
エバンの言葉にセリカは目を大きくした。
「その時どうなっているか分からない。結婚しているかもしれないし、子供がいるかもしれないし。もう死んでるかもしれない。何年後、何十年後かもしれない。」
お互いに家庭がある、そんな状況かもお互いに独り身かも分からない。それでももう二度と会えなくなる事が有り得なかった。
「オレはお前を探してもいいか?」
想いは思ったよりも運命的だった。
「幻滅するんじゃないよ?」
セリカが笑う。それは未来を楽しみにしているという合図だった。
「期待しておく。」
そして二人は抱き合った。しっかりとこの肌の温もりが次会う時まで冷めないように。
ただ愛しい気持ちだけがそこにあった。
「じゃあ、またな。」
「ええ、また。」
ゆっくりとお互いに背中を向けて歩きだした。
心は晴れている。
空も晴れている。
「なによ、珍しく本なんか読んじゃって。」
「別にただ時間が空いたから。」
「ん?あんた電車通学だっけ?まいっか、食べる?」
制服姿の少女は駅のホームで紙袋に入った食物を渡した。中にはパンがいくつか入っている。お礼をいいながら口にくわえて袋を少女に返した。