無名の伝記-14
「セリカの事はオレが一番よく知っている。」
「そうね。」
エマのうった相づちにエバンは何の反応も示さなかった。誰にも話したことなどない、これは自分自身の中で秘めてきたこと。
「あいつはオレの前では強がってたけど、殺し屋をやめる時にどれだけ苦労したか知ってる。」
少し歪んだ表情、思い出すだけでも辛いのだろうか。思わずエマは機転を利かせて話を変えようとした。
「セリカさんを何度か拝見したことがあるけど、すごく綺麗な方よね。爪先も綺麗にされていて、とても女性らしいわ。」
「あの爪はそんなんじゃねぇよ。」
自分の爪を指でなぞりながら呟いた。二人だけが知っていること、あの長く伸びた整えられた爪はセリカの願懸け。たとえ反射的に誰かを傷つけそうになっても、長い爪が引き金を引く瞬間に障害になるように。少しでも反応を鈍くして自分を戒めようとする表れだった。
いやね、体に染み付いたものはなかなか取れない。
セリカがはにかみながら言った言葉をエバンは忘れられないでいる。それは強がったほほ笑み。
「エバン。貴方にとってセリカさんは母親?それともお姉さん?」
ふいに出された質問にエバンの思考が固まってしまった。初めてかけられる問い。そんな事考えもしなかった。不思議そうな顔をしてエマを見つめる、答えなんて決まってる。
「セリカはセリカだろ?」
今更何を言っているのだろう、そう言わんばかりの口調だった。訳が分からない、それ以上の何があるというのだろう。
「セリカさんは貴方の恋人?」
エマの目は真剣だった。からかう気などもうとうない、正気で真面目な質問。
彼女はエバンを子供扱いなどしていない、同等の立場の大人として彼を見ていた。
それはエバンに伝わった。真っすぐに向けられる目に逃げ道など必要ない。
「違う。オレ達はそんな仲じゃない。」
向けられた視線を真っすぐに返す、嘘のない気持ちはエマに届いた。彼女は静かに次の言葉を待った。
「でもオレはセリカが好きだ。」
目線を湖にうつして呟いた。いや、呟きにしては意志が強い言葉だった。
まだ若干14歳。背も高いわけではないし、力があるわけでもない。体付きも決していい訳ではない。それでもカインズ夫妻はエバンが大きく見えた。
まだ幼さの抜けない横顔、今までの経験が彼を大人にしたのか漂わせる雰囲気が普通の子供ではなかった。
「一人の女性として?」
ライトの問いにエバンは肯定の返事をした。