無名の伝記-13
「やだ☆なんか仲良い親子って感じがしない?ライト、エバン。」
エマの唐突な言葉にエバンは開いた口が塞がらなかった。ついさっき強い拒絶をした相手に対して、何を気にすることもなく話しかけてくる。ライトも苦笑いでエマに答えた。その様子からエバンは思わずライトに説明を求めるように顔を向けた。
「気にしないで、彼女はこういう人だから。」
ライトの言葉にエバンは不安ながらも納得するしかなかった。
「改めてエバン、今回は君たちを混乱させてしまって本当に申し訳なかった。」
「ごめんなさいね。」
両端から二人の温かい空気がエバンを包み込む。その空間の心地よさに彼はなんだか恥ずかしくなってしまった。
「私達ね、この町には療養で来てるの。2週間もいるわ。」
目の前に広がる湖を眺めながらエマは話し始めた。淋しそうに落ち着いた声で、まだ心にしこりがあることを伝えているようだった。
「お医者様に私は子供が産めない体と言われて…塞ぎ込んでいたのを心配してライトが連れてきてくれたのよ。」
今住んでいる所はこのジェイドよりも北にあって、平均的に気温が低めな国だとエマは言った。
はじめジェイドに来たときはただ窓から景色を眺めているだけだった。ある日ふいに湖に行きたくなり、そこへ迎う途中のこと。
「町の人は笑顔で挨拶をしてくれたの。おはよう、エマって。まるで声に自分が包まれたような感覚だったわ。」
次々と降ってくる挨拶の声。まだ来たばかりの地で、こんなにも温かく迎えられるなんて。エマは不思議さと嬉しさで心が温かくなった。しかしその謎はすぐに解けた。
「でも、おはようって、その声に応えながら走っていく少年がいたの。その子の名前はエバン。私、エマとエバンを聞き間違えちゃったのね。」
照れ笑いしながら頭をかいてみせた。その表情はどこか寂しげで、でもその記憶をとても愛しそうに思っているのが不思議と伝わってくる。
「それがエバン、貴方との出会いだった。」
やさしい笑顔、そんな表情をむけられてもエバンはどうしていいか分からなかった。無意識に顔色が曇っていく。
「貴方の今置かれている状況を見れば、貴方の過去に何かがあった事なんて想像がつくわ?」
きっとこの人達には虚勢では適わない、真正面から素直に向き合わなければいけない。しかしそれはエバンが最も避けてきたこと。エバンの心が少しずつ小さくなっていく。
「教えて?貴方がどんな風に生きてきたのか、セリカさんがどんな存在なのか。」
どこまでも優しく、どこまでも強い思いは頑なに閉ざしていたエバンの心を開いていった。それは時と共に比例する。
どこか懐かしい母親のような雰囲気。セリカとそんなに年齢は変わらないだろう、しかし彼女には母親になる覚悟は出来ていた。エバンを受け入れる覚悟が出来た上での余裕だった。