無名の伝記-12
「何が分かる?」
呟いた声は最後のストッパーが外れる合図だったのかもしれない。やるせない気持ちが頭の中をまたぐちゃぐちゃにしてしまった。
「だからてめぇらに何が分かるってんだよ!!」
公園中にエバンの叫び声が響き渡った。強い風が公園を吹き抜けていく、誰も言葉を発することが出来なかった。
「ふざけんな。」
エバンの声は思うよりも冷静さを保っていた。
「ふざけんじゃねぇぞ?」
カインズ夫妻の言葉は妙にエバンの心にしみた。そうじゃない、自分はそんなもんじゃない、そんな言葉で終わらせてほしくなかった。
エバンの中でいくつもの記憶が思い出されていく。
「あんたらがどこまでオレの事知ってるのか知んねぇけど、元気だの、明るいだの、そんな上っ面でオレの価値を決められるのは正直迷惑だ。」
怒りに任せている訳ではなく、確実に伝えようとしていた。
「オレは元殺し屋に引き取られたストリートチルドレンだぞ?」
その言葉を聞いてシドも夫妻も表情を変えた。何かあるとは思っていたが、まさかこれほどまで重い過去を抱えていたとは思いもしなかったのだろう。セリカの素性の方が3人を困惑させた。
「表情も感情も失ったオレをセリカが救ってくれた。オレもセリカも必死に生きてきてんだよ。邪魔しないでくれ!」
二人で支え合って今を生きている、エバンの叫びは普段見えない二人の絆を感じさせた。しかしそれは同時に脆さをも感じさせた。
強さも弱さも兼ね備えた瞳は真っすぐにカインズ夫妻に向けられている。彼の思いを受けとめた上でエマは決意し、シドに告げる。
「エバンと私達だけでお話させていただいても宜しいですか?」
思わぬ展開に驚きを隠せなかったのはエマ以外全員だった。とまどいながらも真っすぐ向けられるエマの強い意志にシドは折れて頷いた。
エバンの様子からも怒り任せに手を出す気配もなく、ライトも含めて話したいという意志からシドは夫妻にまかせて立ち去っていった。残されたエバンにはまだ動揺が残る、何をするつもりなのだろうと。
「座りましょうか、エバン。ライトはエバンの左に回って?」
「ちょっと…っ!?」
「いいじゃないの、せっかく会えたんだからお話くらいしましょうよ!」
はい、座ってとエマはエバンの肩を押さえ付けながら無理矢理座らせた。左横には既にライトが笑顔で座って待っている。
すっかりペースを取られたエバンはカインズ夫妻に挟まれて湖を目の前に座る形をしていた。