無名の伝記-11
「確かに、わしは養子縁組をセリカに話した。しかしそれはお前達なら難なく乗り越えると思ったからじゃ。すぐに答えは出ると思った。」
二人の絆が深いのは見ているだけで伝わってくる。養子縁組の話を持っていったところですぐに断られるのがオチだろうと思っていた。もちろんそれはカインズ夫妻にも伝えた、しかしそれでもと念の為に聞いてみてほしいという夫妻の願いから生まれた話だったとシドは語った。
「お前に何が分かる!」
叫びにも近い声は今のエバンの複雑な感情を一言で表した。感情をうまくコントロール出来ずに手に力が入ってしまう。より強くシドの首を締め付けそうなった時、女の人の叫び声がエバンを止めた。
「やめて!」
声がした方には女性の他に男性も立っていた。彼はエバンに近付き、シドの胸ぐらを掴んだ手をゆっくりと外した。エバンはただ黙って二人を見ていた。
「ふぅ、すごい力だったわい。すまんの、カインズ殿。」
「いいえ、ご無事でなによりです。」
カインズ、確かにそう聞こえた名前をエバンは聞き逃さなかった。セリカも口にしていた名前、エバンを養子にと申し出た夫婦の名前だった。
カインズ夫人はエバンに近付き軽く礼をした後、彼の身長にあわせるように少し身を屈めて口を開いた。
「はじめまして、エマ・カインズです。エバン・ジルくん?」
エマの挨拶が終わったのを見届けると、エバンはカインズ氏に目を向けた。次はお前だろうと無意識に体が動いたらしい、その行動にカインズ氏は驚きながらもエマの横に並び、続けた。
「ライト・カインズです。エバン、はじめまして。僕達はきみに是非ウチに来てもらいたいんだ。」
困惑していた頭の中も整理が付き、感情も落ち着きを取り戻したエバンは改めて二人を見た。やさしそうな雰囲気、セリカとは違う、包み込むような安心感もそこにはあった。
エバンがまず口にしたのは根本的な問題。
「なんでオレ?」
初めて自分達に向けられた声は当たり前の質問だった。それに答えるのはエマ。
「私は子供が産めないの、だから貴方のような元気な子に家族になってもらいたいのよ。」
ねぇ?とエマの同意にライトは笑顔で頷いた。この夫婦の仲の良さは十分に伝わってくる。
「オレの何がいい訳?」
吐き捨てるような口振り、機嫌がよくないのは明白だった。そんなのは分かり切っていたライトがエマに代わって答える。
「毎朝きみの姿を見ていた。元気があって愛想もよくて、いきいきしてるエバンを見て僕らも自然と笑顔になれたんだ。一緒に暮らせたら楽しいだろうなと思ったから、シドさんにお願いしたんだよ。」
ライトの言葉をエバンは俯いて聞いていた。強く握り締められた拳は、また溢れ出そうになる感情を必死に押さえているように見える。いや、実際押さえていた。