無名の伝記-10
「なんだよ、くそっ!」
苛立ちが抱えきれずに外に出てしまう。むしゃくしゃする思いを少しずつ冷やしながら村外れの湖まで来ていた。
そこは公園の敷地内にある場所、周りにはたくさんの家族連れが楽しそうにじゃれあっている。笑い声のする方を見ながらエバンはしゃがみこんだ。水面に自分の顔を映しては波紋を作る。
冷えていく感情は何度も繰り返してさっき起こった出来事を蘇らせた。
いたたまれなくなり、顔は俯き手で頭を覆う。
「タオル…投げ付けちまった。」
後悔がただただ襲ってきた。カッとなって気付いたら動いていた手、セリカの顔からタオルが落ちる瞬間我に返った。しかし謝るよりも先に来たのはセリカの挑発。やるせなさから暴言が飛び出した。
セリカらしくない、エバンらしくもない。二人のぎこちない態度から小さな波紋は波へと姿を変えた。飲み込まれてはいけない。
エバンを養子にと願う人がいる。
「どうした、珍しいのぉエバン?」
エバンの横に立ち声をかけたのは聞き慣れた老人の声だった。
「シドじーさん。」
明らかにいつもと違う表情はすぐに何が起きたかを悟らせた。
「セリカから聞かされたか。」
シドの言葉にエバンの表情は一変した。今、シドは何と言った?
最近のセリカの様子、ぎこちない態度、つくり笑い、増えた煙草の数、切ない後ろ姿。それはいつから始まった事だろう?エバンの中でどんどん記憶が遡っていく、それはとても速く彼の記憶を呼び覚ます。
行き着いた先は、
「あのマグカップ…。」
あれが全ての始まりだった。
「お前か!!」
一度冷めた感情が一瞬にして沸き上がる。自分達の絆に割って入った犯人が今目の前にいる。
「余計なことしやがって!!」
怒りから反射的にシドの胸ぐらを掴んだ。しかしシドは動じる事無く真っすぐエバンの目を見つめたまま、その手をとった。
「なぜ怒る、エバン?」
「てめぇが訳分かんねぇ事するからだろうが!」
「養子のことか?」
「他に何がある!?」
エバンが声を荒げる度に手に力が入り、シドの首は締め付けられていった。どうしたいのかは分からない、ただ怒りの捌け口が言葉では足りなくて手に出てしまう。