気にしない足跡たち-9
殺された人は戻って来ない。報復殺人だと書き立てられて全てを失って―――それでも生きている。
そうしたらあいつらに逃げられたとは―――思わないだろうか。
家族を殺されたから犯人を殺して、それで済むだろうか?犯人の家族や周りの人間、目撃者―――そんなところにまで恨みが向くのではないだろうか?
殺して全てが片付くなら―――もう、世の中はそうなっているのではないのか。
谷町は、そんな事をずっと考えていた。考えて考えて―――止めた。
先が見えなかったからだ。救われるとは思えなくなったからだ。
「憎しみは憎しみしか生まないとか、そんなの俺は聞きたくねぇよ先生」
「ですが、それは確かに真実でもあります。自分の家族が殺された、だから復讐するんだと云って関係ない人達を何人も殺してしまった人も居ます。その中には小学生も居ました。憎しみが憎しみを生みました」
杉浦は悲しげに俯いた。
「あの子は、一人ぼっちで死んだよ。ニヤニヤ笑って自分を痛めつける連中に囲まれて死んだよ。俺があいつらを憎み続けるのは司法が甘いからだ。裁いてくれなかったからだ。出所後の事なんて考えてくれないからだ」
殺したのが一人なら、残酷じゃないのか―――杉浦の言葉には、怒りが滲む。
「俺は―――憎んで当たり前じゃねぇか。被害者は犯人を憎んで当たり前じゃねぇか。殺してやりたいと思って、何が悪い?被害者じゃない連中に何が解る」
被害者なら何をしても良いのか―――そういった批判があるのは確かだ。
事実、それは拡大していけば暴行殺人の許容にも繋がりかねないだろうとは谷町も思う。
だが見捨てられた被害者達の怒りの声をいつまでも聞いてやらないから―――彼らは過激な事を云い始めるのだと、谷町は考える。
聞いてくれ、聞いてくれと―――ずっと喉を枯らして叫んで来たのだから。
「あの子は殺された。殺されたんだ。先生、この世はいつも加害者が勝つ。捕まろうとなんだろうと、罪を犯した時点で奴らの勝ちだ。それはずっと変わらん」
「ええ―――そうですね」
警察は、アラを探しているんだ―――谷町の先輩である男はよく云っていた。
犯人のミスを探しているんだ、と。
『捜査技術の向上ってのはな、ミスを探しやすくなるって事だ。谷町、警察はそういうもんだ。犯人の尻尾を掴むってのはな、失敗を探して見つけたって事だ』
何故なら俺達は、いつも後から追う立場だからな―――。
それはつまり、負けていると云う事だ。
完璧な犯人には勝てない。それを、人々は見ようとしないけれど。
「殺され、ちまった―――んだ」
目の前に、いつも居た。
泣いて笑って―――普通に生きていた。
いきなり奪われる事など、杉浦は考えもしなかった。