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天井の金魚
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気にしない足跡たち-8

「子供が死んで泣く親も居る。嫌がる子供を犯し続ける親も居る。金の為にナタで手を斬られる赤ん坊も居るし、国ン中で殺し合う事だってある」

それでよ―――と杉浦は笑う。

「人を殺すのは楽しそうだと、笑う奴らが確かに居る。女なんて強姦して、邪魔なら殺せば良いと軽く云える奴らが居る」

俺はもうそんな事忘れたいよ、と杉浦は云う。

「そんな現実俺は知らなかった。俺は、全然知らなかった。俺が知らない間、何人が苦しんでいたんだろうな」
「それは―――数え切れません」

谷町の声は、掠れていた。

数え切れない程不幸があるのに、どうして日常では見えないのだろう―――谷町は、時折思う。

あちこちで、人は泣き叫び絶望して苦しんでいると云うのに。

「先生、たった一人の人間を救うのに何の意味がある?人間なんて薄っぺらな紙だ。誰かが握り潰そうと思ったら、あっけなく潰されちまう。それで―――」

杉浦は、ふと娘の遺影を見た。幸せそうに笑っていた過去が切り取られている。

「いくら広げても伸ばしても皺は消えない。無理に引っ張りゃ破けちまう。だが紙は人の手を止められない。誰が握り潰したのか解っても、紙は皺だらけのままだ」
「その皺を薄くしたいと、僕はそう思って来ました。数え切れない程の苦しんでいる人が居て、僕が頑張って頑張って、それで一人しか救えないとしても―――それが無駄だとは思いません」

杉浦の娘は昔よく笑っていた。
けれど、歯を折られ目を抉られて―――死んで行った。

痛くて怖くて泣き叫んで死んで行った。
一人ぼっちで犯人達に囲まれて死んで行った。

未成年だった犯人達は数年で社会に戻り、一人は再び罪を犯した。

それは社会の闇に紛れて、忘れられてしまったけれど。

「杉浦さん、僕は犯人達が憎いですよ。皆殺しにしてしまいたい、それで終わりにしたいと思った事もありました」

谷町は杉浦を見つめた。ああ、歳を取ったな―――とふいに思った。

「でもそれでも、殺しても終わりません。被害者が救われるには、殺せば良いと云うものではないと思うんです」
「殺しちゃ駄目か。屑みてぇな奴らでも、ゴミみてぇな奴らでも、殺したら駄目か」
「殺して全てが救われるなら、僕はそれでも良いとも思います。でも、救われないんです。殺した人は殺人犯になってまた恨まれて―――そんな事の繰り返しになる」

谷町は、杉浦の娘が殺された時精神が擦り切れる程その疑問に向き合った。

犯人達を捕らえて司法に頼らず暴行を加えて殺して―――そうしたら、本当に気は晴れるのだろうか?

少しは気分も良いだろう。あいつらはもう居なくなった、苦しんで死んだ―――でも、自分は生きている。

人を殺した自分が生きている。


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