気にしない足跡たち-7
「他人が何をしてくれる?記事を読んで泣くだけだろ。何もしてくれない。法律も善人も、何もしてくれない」
「僕は―――」
谷町は唇を噛んだ。悔しかった。杉浦の心が少しも救われていない事が、堪らなく。
「解ってる。うちの子も被害者だって、慰めてくれる手紙も来た。人を殺してない人は、それだけで立派だ。でも苦しい」
杉浦は、谷町に向けて、思いを出来るだけ吐こうとしていた。
云い残したくなかった。もうすぐ娘と妻に会うんだと、杉浦は思っているからだ。
「何人も殺された事件が羨ましくなる時もあった。簡単だよ、死刑が出るからだ。被告の犯行は残虐非道冷酷で、その罪には命をもって臨むしかない―――それが聞きたかったんだ」
そう云ってから、杉浦は激しく咳こんだ。
谷町には彼が命を削りながら話している気がした。
溶けてしまう前に形を残そうと、もがく雪の粒のようだった。
「死刑が間違っていても残酷でも、俺は云って欲しかったんだ。こいつらは更生なんかしない、ずっと檻の中に居れば良いんだって。そうだろう?あいつらの中には、五年で出てきてうちの娘を殺した事を自慢してる奴も居る」
怒りが大きすぎるのか、杉浦はまた噎せる。全てが苦しそうだった―――全てが。
「自分と話しながら泣いたなんて、あいつらの弁護士は云ったよ。笑っちまうだろ?その時泣いたって奴だぞ、また人殺したのは」
弁護士なんて、ロクなもんじゃない―――杉浦はそう云って笑った。
「死刑廃止運動とかよ。まあ、それはやっても良い。冤罪だってあるんだからな。だがな、酷い罪を犯した奴まで、何でやたらと庇う?自分の主張の為によ」
苛々した口調で云うと、杉浦はまた外を見た。消えゆく雪の降る外を。
「勝手な事云いやがるよ。家族殺された事もねぇくせに。娘が輪姦されて殺された事もねぇくせに、テメェの為にひたすら犯人庇いやがって」
罪も過去も消えない。それでも世間は忘れて行く。杉浦のような被害者達だけを寒空の下に残して。
「法律論なんてどうでも良い。被害者の殆どは素人だ。素人やり込めて苦しめてテメェの意見主張して、法曹界ってのは随分楽しそうだな」
谷町をすら痛めつけるような言葉を出すと、杉浦は逃れるように俯いた。
「死刑を望むしかねぇじゃねぇか。無期だって、暫くしたら仮釈放で出て来られる。死刑廃止するなら仮釈放なしの終身刑をさっさと作れば良い」
むしろその方が俺は嬉しい、と杉浦は云う。
「俺の住んでる町に犯人は居ない。娘と女房が居るあの世にも居ない。まあ出来れば人権無視した狭い独房で暮らして欲しいがな、一生」
そんな事は無理だと解っている、と杉浦は呟く。
「大した事もしてねぇ、裁判もしてねぇ人間を狭い刑務所に何百人と詰め込んでる国もある。だが日本は違う。命の重さなんて言葉にするのは、本当は馬鹿らしい事だ」
何故なら命に重さなんてないからだ―――杉浦は云う。
「自分の子を憎む親も居る。道端に捨てられる赤ん坊も居る。小さいうちにさらわれて兵士にされる子供も居る」
ぽつりぽつりと、杉浦は語る。