気にしない足跡たち-5
殺人犯を許さないと云う為には、命を奪う行為―――死刑も許さないと云うべきだという理屈も解る。
だが、ただの谷町敏之は思う。
「残酷ですよ。この上なく、あんな犯罪は残酷です。あいつらがした事に比べたら、死刑なんて残酷でも何でもない。僕はそう思います」
弁護士としてではないなら、そう云いますと谷町は云う。
「法律でなんて、人は救えねぇよ先生」
言葉を聞いていたのかいなかったのか―――杉浦は谷町を睨みつける。
「俺はあんたに会えて良かった。だから生きて来られた。だけどな先生。俺を助けてくれたのは、法律じゃねぇ。弁護士のあんたでもねぇ」
ただの、娘を憐れんでくれたあんただ―――そう云って杉浦は泣いた。
「俺は悔しかった。あいつらの親が憎かった。だから金を民事で取ったんだ。けどな」
杉浦は笑う。泣きながら、呆れたように泣く。
「差出人のない手紙が届いてな。俺は金の亡者だと。娘を利用してうまく大金を巻き上げただと」
ぶるぶると怒りで震えて、杉浦は世界を睨む。
「金なんかいらねぇよ!あいつらを苦しめたかっただけだよ。金じゃ娘は返って来ねぇんだぞ。なのに―――」
顔を両手で覆って、杉浦は云う。
「俺の事を金の亡者だとぬかす連中は裁かれない。警察はどうせ真剣には探さないだろう」
手を離して―――杉浦は谷町を見つめた。弁護士の谷町を。
「法律は、本当に公正か?本当に人を救えるのか?あんたの武器は―――」
残酷で冷酷で、人なんて救えやしない。
「法律は決まり事だ。人を守ったりしねぇ。だからな、先生」
杉浦は目を擦ってから、谷町を見る。
「弁護士は被害者と一緒に悩んじゃ駄目なんだ。警察も検察も裁判官も、悩んじゃ駄目だ」
谷町は息を飲む。自分が間違っているのだろうかと、震える。
「悩んだら負けるぞ」
裁判で罪が認められる事が、残された唯一の勝ち方であるならば―――。
「感情的になったら負けちまう。あいつらに勝てる訳がねぇ、人でなしだ。何だって出来る」
自分が早く出所する為に泣く事も真面目に過ごす事も、何食わぬ顔で出来るんだ。そう、杉浦は云う。
「でも杉浦さん、弁護士も人です」
「そうだよ。もし被害者になったら、弁護士だって感情的になるだろうな。だけどな、裁判で勝ちたいなら、他人事だと思え」
当事者性は、司法には必要ない。
谷町はそれを、うんざりする程云われて来た。
そんな事は解っていた。それでも、当事者である被害者本人や家族や遺族がないがしろにされる現状に我慢出来なかったのだ。