投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

天井の金魚
【その他 その他小説】

天井の金魚の最初へ 天井の金魚 17 天井の金魚 19 天井の金魚の最後へ

気にしない足跡たち-4

「なあ先生。考えてみたらよ、みんな守りたいんだな。家族だの友達だの―――そういうもんをさ」

だから、他人を救えないんだ。杉浦は云う。

雪が舞い、消えて行く。
彼女と同じように、消えて行く。

ただ冷たさだけが遺るのが―――酷く寂しい。

「俺があそこに居たら、どうしてたろう?自分の娘なら、死んでも守るだろうさ。だがな、俺があそこに居た犯人達の一人なら―――いくら嫌気がさしたり、怖くなったりしてもよ」

犯行を止められただろうか―――。

そう、杉浦は問う。

それは、とても現実的で、恐ろしい疑問だと谷町は思う。

「人にあんな酷ぇ事出来る奴に、もう止めろやり過ぎだと云えんのかな。云えねぇ気がすんだよ。怖ぇと思うんだ」

俯き、老いた自らの手を眺め乍ら杉浦はゆっくりと云う。

「俺ならそもそも、そんな連中とは付き合わんけどな。けどな、先生。みんな酷ぇ事って出来るんだよ」

俺も、多分あんたでさえも。
恐ろしい言葉を、けれど杉浦は軽く放つ。

「杉浦さん、それは」

その言葉には応えずに、杉浦は立ち上がって新しい酒を取りに行く。

谷町はその背中を見つめた。

「俺は止めたい。だが、多分止められない」

背を向けたまま、杉浦は云う。だから谷町には、杉浦の表情は解らない。

「俺だって酷ぇ事をきっとする。いくら嫌でもな。先生、人間はそんなもんだよ。平気で人を見捨てる事が出来るんだ。自分が生きる為なら、子供だって殺して食っちまうんだからな」

人間は、そういった生き物なんだと杉浦は云う。

「だからって、俺は犯人を正当化しないし庇護もしねぇ。死んでも、何があっても」
「はい」
「俺は自分勝手だ。自分も下らない人間だと思うが、それでもあいちらを恨む。車を無視してた近所の人間も、みんな殺してやりたい。人でなしだと思ってるからな」

酒を掴む手が震える。かたかたと、音を立てて。

それは寒いからであって欲しい。悲痛な杉浦の表情を見るのが谷町は辛い。

「あいつらなんか苦しんで死ねば良い。あいつらなんか死ねば良いんだ」

酒の所為だろうか、杉浦は感情を露わにして手元に向かって怒鳴る。

「どうしてあんなクソみてぇな奴等が生きてて、うちの娘は死んだんだ!」

雪が舞う。杉浦には何の関係もなくひらひらと―――消えていく。

「死刑は残酷な刑罰だと?なあ先生、ならあいつらがやった事はどうなんだ?あれは残酷じゃないのか。犯人は残酷な行為から守られるのか?あいつらの人権なんか知った事か!」

谷町は―――法律家だ。

加害者にも人権があり、それを守らねばならないと知っている。


天井の金魚の最初へ 天井の金魚 17 天井の金魚 19 天井の金魚の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前