気にしない足跡たち-4
「なあ先生。考えてみたらよ、みんな守りたいんだな。家族だの友達だの―――そういうもんをさ」
だから、他人を救えないんだ。杉浦は云う。
雪が舞い、消えて行く。
彼女と同じように、消えて行く。
ただ冷たさだけが遺るのが―――酷く寂しい。
「俺があそこに居たら、どうしてたろう?自分の娘なら、死んでも守るだろうさ。だがな、俺があそこに居た犯人達の一人なら―――いくら嫌気がさしたり、怖くなったりしてもよ」
犯行を止められただろうか―――。
そう、杉浦は問う。
それは、とても現実的で、恐ろしい疑問だと谷町は思う。
「人にあんな酷ぇ事出来る奴に、もう止めろやり過ぎだと云えんのかな。云えねぇ気がすんだよ。怖ぇと思うんだ」
俯き、老いた自らの手を眺め乍ら杉浦はゆっくりと云う。
「俺ならそもそも、そんな連中とは付き合わんけどな。けどな、先生。みんな酷ぇ事って出来るんだよ」
俺も、多分あんたでさえも。
恐ろしい言葉を、けれど杉浦は軽く放つ。
「杉浦さん、それは」
その言葉には応えずに、杉浦は立ち上がって新しい酒を取りに行く。
谷町はその背中を見つめた。
「俺は止めたい。だが、多分止められない」
背を向けたまま、杉浦は云う。だから谷町には、杉浦の表情は解らない。
「俺だって酷ぇ事をきっとする。いくら嫌でもな。先生、人間はそんなもんだよ。平気で人を見捨てる事が出来るんだ。自分が生きる為なら、子供だって殺して食っちまうんだからな」
人間は、そういった生き物なんだと杉浦は云う。
「だからって、俺は犯人を正当化しないし庇護もしねぇ。死んでも、何があっても」
「はい」
「俺は自分勝手だ。自分も下らない人間だと思うが、それでもあいちらを恨む。車を無視してた近所の人間も、みんな殺してやりたい。人でなしだと思ってるからな」
酒を掴む手が震える。かたかたと、音を立てて。
それは寒いからであって欲しい。悲痛な杉浦の表情を見るのが谷町は辛い。
「あいつらなんか苦しんで死ねば良い。あいつらなんか死ねば良いんだ」
酒の所為だろうか、杉浦は感情を露わにして手元に向かって怒鳴る。
「どうしてあんなクソみてぇな奴等が生きてて、うちの娘は死んだんだ!」
雪が舞う。杉浦には何の関係もなくひらひらと―――消えていく。
「死刑は残酷な刑罰だと?なあ先生、ならあいつらがやった事はどうなんだ?あれは残酷じゃないのか。犯人は残酷な行為から守られるのか?あいつらの人権なんか知った事か!」
谷町は―――法律家だ。
加害者にも人権があり、それを守らねばならないと知っている。