気にしない足跡たち-2
常に苛立ちと絶望が付き纏う。それが谷町の歩く道だ。茨の道だ。
みんな冷てェさ―――杉浦はそう云って谷町の顔を見る。
「俺は、もう長くねぇんだろう?あんたは悲しむ事はない。やっと女房と娘にまた会えるんだし、この世からおさらば出来るんだからな」
杉浦は屈託なく笑う。怖くない筈はないと思う。それでも彼の顔は明るい。
「杉浦さん―――そんな」
「先生に会えて良かったよ。本当だ。これだけはちゃんとあんたに云いたかった」
じっと谷町を見る杉浦の目に、涙が浮かんだ。
「俺はな、まだ悔しいんだ。殺してやりたかった。あいつらが娘にやったみたいに、歯ァ折ってやりたかった」
歯には歯をだよ、と杉浦は呟く。
「でも出来なかった。あいつらみてぇになりたくなかったし―――先生、あんたの顔が浮かぶんだよ」
谷町から視線を外し、杉浦は雪を見つめる。
「もう死んじまおうかと思った時も―――あいつらの事を考えて、殺してやりたくて堪らなくなった時も」
雪が舞う。消えて行く。命と同じように。
「あんたが悲しむと思うから、出来なかった。そう思えるまでになったのは、あんたのお陰だ」
辛くて辛くて堪らない時―――人は周りの世界を失う。
何も考えられなくなって、自分の事だけで精一杯で、苦しくて苦しくて―――。
大切な人の顔さえ、浮かばなくなる。
それは孤独で酷く苦痛だ。
生きる幸せとか、何処かの不幸な人々との比較とか、そんな事は関係ない。意味がない。響かない。
ただひたすら、苦しいのだから。それだけなのだから。
苦しみから逃れる術が、死しかないとさえ思う程に。
「杉浦さん―――ありがとうございます」
頭を下げた谷町に、杉浦は楽しそうに笑う。
「あんたは、いちいちカタいよな」
「そういう性分なんです」
谷町も笑う。息が白く姿を現す。
「まあ、良い事だろうよ。真面目な方が良い」
目を細めて、杉浦はまた酒を呷る。
「俺は酷ぇ犯罪をした連中なんて、当たり前に再犯すると思ってた。だがな、何人も殺したのに、その後何十年も真面目に暮らす奴も居るんだそうだ」
ふう、と杉浦は溜め息をつく。
「何が正しいんだ?どうしたら良いんだ。犯罪者は皆殺しにしたら良いのか?真っ当にさせるべきなのか?」
「杉浦さんは?」
「解らん。人を殺した奴が幸せになるなんて納得出来ねぇ。だが、出所が可能な刑期の犯人なら、更生はさせなきゃならねぇ」
眉間に深い皺を作りながら、杉浦は世界を睨む。