逆転のプール-6
「そ、そんなことができるわけがない! ウォータースライダーは水が流れていてよく滑る。とても昇ったりできるものじゃない!」
「異義あり!」
ぼくはさらに叫んだ。
「事件当日はこのウォータースライダーは使われていなかった! つまり水は流れていなかった!」
「なああああぁぁぁぁっ!」
全身で驚きのポーズをする亜内検事。
「け、けれど、階段ならまだしもウォータースライダーから昇ろうとしたら、一度プールに入らなければならない! その音に監視員が気付かないわけが……」
「そうです。……端富来さん。あなたは、だれかがプールに飛び込んだことを知っていた」
「あ、え?」
表情は変わらないが、端富来は完全に目が泳いでいる。明らかに動揺していた。
「だ、だ、だれか……?」
「あなたですよ、端富来黒雄さん」
きっと視線をむけた。
「な、なにをー!」
「な、なんですとぉー!」
『ピッピーッ!』
亜内検事と裁判長とホイッスルが同時に合唱した。
「弁護人! では、あなたはこの証人を、告発するというのですか!」
「な、なにをバカ(ピー)! そ、そんな(ピー)ことが! い、い、いったいなにを(ピー)根拠に!」
よほど混乱しているのか、ホイッスルをくわえたまましゃべるのでなにを言っているのかわからない。
机を叩いて声を静め、ぼくはとどめの一言を口にした。
「もしだれかがウォータースライダーを昇ったとすれば、指紋を調べればすぐにわかる。調べてみましょうか? 端富来さん」
「く、くそ……くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
『ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!』
本日最も騒がしい音を法廷中に響かせて、端富来は激しく身体を揺すった。
「…………そうだよ」
「え」
聞き覚えのない声がして、ぼくは思わず声をあげた。けれどその声は、さっきまで会話をしていた人物のものだった。
「オレが、やったんだ」
その声はさっきまでとはまるで違う、夏の男の爽やかさには程遠い凶悪な声になっていた。口元は嘲笑うように歪み、心なしか肌の黒さも増した気がする。
「あの女、オレをフリやがったんだ。その上オレに見せつけるように、別の男を連れてオレの前に現れやがった」
「それが、動機ですか」
「よくわかったな。絶対にバレないと思っていたのに」
扉が開き、中から係官が現れた。
「端富来黒雄さん。ちょっと、きてもらいます」
係官に連れていかれ、端富来は証言台を去った。
「……衝撃の展開でしたね」
裁判長が目を丸くしながら呟いた。
ぼくも含め、法廷内が呆然とする中、裁判長の木槌がカンッと鳴る。
「とにかく、被告人矢張政志の判決を言い渡します」
時折垣間見せる裁判長の威厳のこもった声が、最後の判決を告げた。
「 無 罪 」