Identity 『一日目』 PM 4:41-1
透流は誠たちがいた場所に戻っていた。
何時間もいたように思えたが、三十分足らずのことだったらしい、というのは時計を見て知った。さすがはGショック。戦車が踏んでも壊れない。バスがひしゃげても壊れない。
「……大丈夫か?」
誠の第一声がそれだった。正面に座る。
「…………」
「俺たちは……レスキュー隊じゃない。ただの高校生なんだ……何もできなくったって、しょうがない」
どうやら誠もバスの様子を見たらしい。多分、同じ感想を抱いたんだろうと透流は思った。自分でも驚くほど冷静に分析している。そしてそんな自分に、吐きたくなるほどの嫌悪を覚えた。
(……最低だ)
誠は。もし、誠が心の“声”を聞けるなら。
何というだろうか。『気持ち悪い』と感じた、自分のことを。
「どうしようも、なかったんだ」
半分、独り言のように誠は言う。事実なのに、どこか言い訳がましく聞こえるのは何故だろう。
「俺は……大丈夫。それより」
気になっていたことを聞いた。途端、吐き気が増す。
(死んだ人間より、生きてる人間の方が……少ないんだ)
「何人、いるんだ?」
「ああ。俺やお前も含めて、七人……動ける奴は木を集めてた。俺はお前や、他にも怪我人いたし、待機してたけど」
「木? 何で?」
「夜になったら冷えるかなって」
ということは誠が指示したのか。
「ライター……持ってんの?」
「……加藤に、借りた」
誠はちらりと視線を外す。つられて透流もそちらに眼を向け、納得した。
白髪の異端児、加藤廉児<カトウレンジ>がいた。
廉児は校内でも有名な不良だ。透流も教室で見たことは数えるほどしかない。警察の世話にも何度かなっていて、退学にならないのは何故かというとそれは学校理事長の息子だからだ。
そんな廉児なら修学旅行にタバコを持ってくるぐらいのことはしても全然おかしくない。というよりかは、真面目にされるほうがどちらかといえば不気味だ。
その廉児も今は大人しい。騒がしい廉児なんか見たことないけど。
「ライター……持ってるのか?」
透流は一応聞いてみた。廉児は視線を合わせようともせず(いかにも興味なさそうに)ぽいっとポケットからライターを取り出して、こちらに投げてよこした。
誠がそれを受け取る。木はそれなりに集まっていたが、この人数となると少し足りない気がする。
「俺も探しにいってくる、早くしないと雨が降りそうだ」
誠はそう言うと立ち上がった。
「待てよ、俺も……」
立ち上がろうとした瞬間、透流は右こめかみの痛みを思い出した。思わず出血部位を押さえる。
「無理すんな、頭怪我してるんだから、下手に動いたら危ないかもしれない」
「……ああ」
誠自身は、奇跡的に足の捻挫ぐらいしか負っていないようだった。足を引き摺るが、他のところは、透流が見る限りでは大丈夫そうだった。
璃俐もいた。璃俐は本当に奇跡なのか、かすり傷一つ負っていない。他の面々もみな似たような感じで、捻挫や骨折ぐらいはありそうだったが、命には別状がなさそうだった。
能勢裕也<ノセユウヤ>は青白い顔をしてじっと座っている。今にも泣き出しそうだ。無理もないが。
裕也は身体が小さい。身長は百五十センチあるかないかだ。勉強も体育も並以下だが、なぜか廉児とはウマが合うらしく、真っ先にいじめに遭いそうなタイプだが、透流が知る限りではそういう事実はない。腕が痛むのか、強く押さえていた。普段は、それなりに明るく話す方なのに、今は真っ青な顔で沈黙を保っている。
河合早紀<カワイサキ>は素行もきちんとした優等生で、しっかりとした性格をしている。前に出るのが嫌いなのか、あまり仕切りをしたりとかはしないが誰もいなければやるという、結構損な性格をしている、というのが透流の印象だった。ただ、潔癖なところもあって少し近付きがたい。