投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

水曜の地下街
【ショートショート その他小説】

水曜の地下街の最初へ 水曜の地下街 0 水曜の地下街 2 水曜の地下街の最後へ

水曜の地下街-1

水曜の地下街は真夜中のように閑散として、洒落っけのない蛍光灯の並ぶ低い天井と、両側で延々と並ぶ灰色によごれたシャッターの壁とが、私を取り囲む。
ながいながいトンネルみたい。
私の黒い膝丈のワンピースには、スパンコールの猫がついてる。真夜中のパーティーみたいな格好。星形のラメのソバカスがキラキラしてるのを、スーツを着た往来の大人たちがちらちらと見てる。

定休日の地下街を、路線乗り継ぎの通路として歩く人々と同じように私は足早に歩く。私の足は、ある場所で立ち止まり、ひとつのシャッターに向かい合う。
そして誰も目もくれない30センチの隙間に、猫のように背中をしならせて素早く暗闇へ潜り込む。

おんぼろカフェ・バーの隠し扉のことなんて誰も知らない。
私は暗闇の中で立ち上がって、迷わずカウンター目指して歩く。
今日は何のパーティーだったかな?
そうそう、フルーツパーティーだ。
私は今日つけてきた下着を思い浮かべることで、パーティーのテーマを思い出した。

カウンターの向こうのキッチンで、カーテン越しにひそひそ声がきこえる。
さらに奥の厚い扉からわずかににじみ出した、ハウスのリズムで跳ねる重低音が、ズンズンズンと体内を震わせる。
「フルーティーチャオ」とわたしが幕の前で声をかける。今日の合い言葉だ。

カーテンが開かれると、ベルベットアンダーグラウンドのバナナがプリントされたxsサイズのTシャツにデニムのホットパンツを身につけたオカマのBがウェルカムフードを私に寄越す。
一口大に丸くくりぬいたスイカ。
口に含むんだとたん、リキュールが溢れそうになって、それをみてBは声を殺して笑った。
「フレッシュジュースバーのバイトのコたちが一週間前から穴開けて染み込ませてたんだって!」

「もうみんな来てるの?」

「そう、地下街メンツはあんたで最後よ」

Bは蛍光塗料のマニキュアを塗った指を私のワンピースの裾にひっかけて、ふわりとひるがえした。
オレンジ色の薄いシフォンの下着を小さな風が揺らし、素肌を撫でた。
おへその下をベビードールのフリルがくすぐる。こっちは淡いレモン色。

Bはそれを一瞥して言った。「ドレスコードはOKね」
「もちろん」
「レコード屋のおじさん何着てる?」
「おたのしみよ。」
思い出しようにBは吹き出した
「傑作なのはベーグル屋のお姉ちゃんよ。今日のクィーンだわ。」
ベーグル屋ではたらく27歳の彼女は眼鏡の似合うオリーブ少女。水曜のパーティーではいつも注目の的だ。
ニューイヤーパーティーでは歌舞伎みたいなメイクに蛍光ピンクの綱みたいなのを巻き付けて、ニューウェイブのクラブキッズみたいだった。
「今日は仮面(マスカレイド)はどれくらいいる?」
「さあね、まだ増えると思うわ。なんてったって水曜は会議や取引先訪問が多いんでしょうよ。」
「そりゃスケジュールボードに『シークレットパーティー:直帰』なんて書けないわ」
「『隔週開催の仮面舞踏会の会費』なんてのも経理部の許可は降りないだろうしね。」
しーらない、しーらない、と私たちは顔を見合わせておどけた顔で肩をすぼめる。

「そうそう!向かいのケーキ屋に新しく入ったバイト君がねっ、」
Bは私の二の腕をつかむと、待ちきれないように、鉄の重たい音を立てて、古い冷蔵庫の扉に見える、秘密の扉を開けた。

ミラーボールがまき散らすフルーツドロップみたいな光と、T-REXの歌声が漏れるのをおそれて、私とBは慌てて体を扉に押しつけて閉めた。


水曜の地下街の最初へ 水曜の地下街 0 水曜の地下街 2 水曜の地下街の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前