恋…後編…-3
「よくこんな店知ってましたね」
一巳は感心して亜希子に訊いた。
「以前は街を散策するのが趣味だったの。その時、見つけてね」
一巳達は10分足らずでホット・ドッグを片ずけると、
「さあ、メイン・イベントに行くわよ!」
と、亜希子に急かされて連れて行かれた場所は百貨店の3階にあるイベント・ホールだった。その入口には大きな看板で"ジャズ・セッション"と書かれている。
一巳は看板をさしながら、
「これって…」
「言わなかったっけ?私がジャズ好きだって…]
確かに彼女のクルマからはジャズがよくかかっていたが、まさかファンだとは……
「このために僕を?」
一巳の問いかけに亜希子は屈託のない笑顔で、
「そうよ。好きなモノは共感したいじゃない]
と、言われて複雑な心境の一巳だったが、
(まあ、亜希子さんが好きなら…)と、彼女の誘いを承諾した。
会場に入る。開演30分前だったが、指定席なので空いている。そこは10列目のほぼ中央で、ステージが一ぼう出来る絶好の場所。
「よくこんな席取れましたね」
「言わなかった?私、このクラブ会員なの。だから優先的に買えるのよ」
それだけの理由で取れる場所じゃない。よほどのコネか運がなければ。
薄暗かった場内がフッと真っ暗になる。ドラムがリズミカルに音を刻む。サックス・ホーンが旋律を奏でる。幕が上がると同時に照明が輝く。開演だ!
亜希子が拍手を送る。一巳も彼女を見ながら真似る。黒人の男性ボーカリストと同じく黒人女性のハーモニスト。
アップ・テンポな伴奏に併せてボーカリストは陽気に歌う。亜希子同様、他の客達もテンポに併せて手拍子を送る。
最初の曲が終わる。客は心を奪われたように拍手喝采。もちろん亜希子もそうで、もはや一巳の存在は頭の中から"消えた"様子だ。
二曲目は一転、スロー・テンポにピアノだけの伴奏で女性ハーモニストが歌う。その歌声は悲哀に満ちた情感をメロディに刻み込むようだ。ジャズというよりゴスペルだ。
歌はすべて英語で、もちろん一巳は言葉の意味など理解していない。しかし、一種の感動を覚えた。黒人の歌に。陽気なナンバーを奏でようとも、彼等の"哀しみ"を感じさせる歌声に。それは彼等のバック・ボーンにある"生きざま"を表しているだろうと。
一巳もいつしか亜希子の存在を忘れ、酔いしれていた。あっという間の2時間だった。彼はいつの間にかメンバーへ、あらん限りの賛辞を拍手に乗せていた。
亜希子の部屋に戻った。時刻は午後11時……
二人とも部屋で座り込んでぼーっとしている。まだ余韻にひたっているようだ。
「良かったですね。コンサート」
「………」
亜希子はまだ"アッチの世界"にいるようだ。