恋…前編…-8
「おはよう藤野君」
亜希子だった。一巳は、(よりによって)と思いながら作り笑顔で亜希子の方を向くと、
「おはようございます。細川さん」
視線を合わせられない。顔がひきつっているのが自分で分かる……
「無事に帰れたのね……肩が痛いの。久しぶりに男の人のチカラで抱きしめられたから……」
亜希子の言葉にうつ向いて真っ赤になる一巳。亜希子は(フフッ)と小さく笑い声を上げて、
「冗談よ…昨日はありがとう。楽しかったわ」
そう言って踵を返すと、一巳の元から離れて行った。一巳はしばらく、その後ろ姿を眺めていた。
その後、亜希子と一巳は月に2回は会うようになっていった。時には買物や食事、時には観光やドライブへと。呼び出すのはいつも亜希子だった。
彼女がどう思って一巳を呼び出すのかは計りしれなかった。最初、一巳は躊躇した。
特定の彼女がいなかったとはいえ、同じ会社に勤める男女が、ましてやひとまわり以上も年上の女性と付き合うのはマズいだろうと。
しかし、頭で理屈をこね繰りまわしても、亜希子という存在と大人の女性への憧れが、彼女と付き合う度に強まっていく自分を覚えた。
いつしか一巳の中で彼女の占める割合が次第と大きくなっていった……